コラム

パナマ文書の嵐をやり過ごす共産党幹部の「保護傘」

2016年04月11日(月)18時00分

 今から1年前、ある匿名の人物が一千万件を超すパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の機密文書を南ドイツ新聞にリークした。同新聞はこの膨大なデータを「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)と共有。ICIJは全世界の100余りのメディアの記者にこの情報を精査させ、そしてついに4月3日、最初の調査結果を公表した。完全なデータベースは5月初めに公開される。この一連の資料は「パナマ文書」と呼ばれている。

 リークされた文書は国際的に権威のある高官とエリートたちがどのように租税回避しているか、そして莫大な財産を移転したのかを示すものだ。文書に自身や家族の名前が出る世界の現職・前職の国家元首や政府首脳の数は100人以上。パナマ文書の嵐は世界を大きく揺さぶり、アイスランドの首相は民衆の抗議で辞職に追い込まれた。イギリスのキャメロン首相はどうして文書に父親の名前が現れるのか、メディアと国民に苦しい説明を強いられている。国民の抗議の声は大きく、キャメロンが一族の私有財産を公表するだけでは収まらず、野党首脳さえ自分の財産を明らかにするよう迫られている。

 租税回避をめぐる疑惑で荒れ狂う嵐に巻き込まれた首脳たちは、狼狽し困惑しながらふと東の方を見たとき、ひどく驚く光景を目にしたに違いない。ある国家のリーダーたちは、もっと悪質なスキャンダルに問われながら、まったく微動だにせず、まるで完全に無関係な様子なのだから。

 この文書には中国共産党の歴代五代の指導者あるいは彼らの家族の名前が含まれ、そのうち少なくとも8人の現職あるいは前職の政治局常務委員がいる。最も注目されるのは、一貫して「反腐敗運動には死角なし、タブーなし」と掲げてきた習近平の義理の兄、鄧家貴の名前があることだ。現在の指導者と関係があるところでは、政治局常務委員の劉雲山の息子の妻である賈麗青、同じく政治局常務委員の張高麗の娘婿である李聖溌。元首相の李鵬の娘で、有名な「紅後代 (編集部注:革命元老の子弟とその子供)」である李小琳の名前もある(李小琳は国民の非道徳的な行為を記録する「道徳記録」導入を呼びかけ、ネットユーザーから皮肉交じりに「道徳姉さん」と呼ばれた人物だ)。前全国政治協商会議主席の賈慶林の孫の李紫丹、第一世代の指導者である毛沢東の孫娘の婿の陳東昇、元党総書記の胡耀邦の息子、胡徳華などもいる。

 中国の法律によれば、中国の国民が国外の会社を利用して取引するのは必ずしも違法ではない。実際、大量の私営企業が国外に会社を登記して租税回避に利用している。しかし中国共産党の党規は高官とその家族が職権を利用し、コネを使って利益を得ることを禁止している。これほど多くの党のトップクラスの高官がパナマ文書で疑われるのは、巨大なスキャンダル以外の何物でもない。

 どうして他国に衝撃を与えるこの大嵐が、中国ではまるで何もなかったようになってしまうのか。それは、中国共産党が徹底的に中国のメディアとネットをコントロールしているからだ。「パナマ文書」というキーワードは中国のネット上で検索できず、主要メディアのサイトの上でも関連した報道は大量に削除されている。官製メディアの「パナマ文書は西側勢力が西側勢力以外の政治エリート層と組織に対抗する手段にすぎない」と、いう評論がわずかに残るだけだ。ただメディアをいかにコントロールしようとも、ネットユーザーの高官の汚い噂に対するゴシップ的興味を消すことはできない。習近平の義兄である鄧家貴はネットユーザーに「姉婿」という名前で呼ばれていた。彼らの間の暗黙の了解だが、「姉婿」という言葉はあっという間にSNS上で検閲されるようになってしまった。

 まともな国家では、権力はメディアと有権者の監視を受ける。そのため、いかなるスキャンダルもすべて指導者が失脚する理由になる。しかし中国では、指導者と彼らの家族は自分たちを守るために「保護傘」を使い、世論の嵐の威力を無視することができる。これも中国共産党の指導者が政治改革を始めたくない原因だ。

<次ページに中国語原文>

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、「聖域都市」条例巡りボストン市を提訴

ワールド

フィリピンCPI、8月は前年比+1.5%に加速 予

ワールド

韓日米、15日から年次合同演習実施 北朝鮮の脅威に

ビジネス

日立、米国で送配電機器の製造能力強化 10憶ドル超
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story