コラム

猟奇殺人事件の闇に引き込まれていく男を描く中国映画『迫り来る嵐』

2018年12月27日(木)14時10分

本格中国サスペンス映画 『迫り来る嵐』 (C)2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited

<第30回東京国際映画祭で最優秀男優賞と最優秀芸術貢献賞を受賞した中国サスペンス>

中国の新鋭ドン・ユエ監督の長編デビュー作『迫り来る嵐』では、猟奇的な連続殺人事件の深い闇に引き込まれていく男がたどる残酷な運命が描き出される。

変化する社会や価値観、歴史のうねりを描き出す

1997年。中国の小さな町の古い国営製鋼所で保安部の警備員をしているユィ・グオウェイは、近所で起きている若い女性の連続殺人事件の捜査に首を突っ込み始める。彼は、親交がある警部から情報を入手し、保安部の部下リウを助手にして、探偵気取りで手がかりを追い求める。

だが、このコンビが怪しい人物を追跡した際に、リウが事故に遭い、それが原因で命を落としたことから、ユィはさらに事件にのめり込む。そして、自分の恋人イェンズが事件の犠牲者に似ていることに気づいた彼がとった行動によって、事態は思わぬ方向に展開していく。

本作は、『殺人の追憶』や『薄氷の殺人』に通じる重厚なサスペンスだが、筆者が真っ先に思い浮かべたのは、ジャ・ジャンクーの作品群だ。彼は、体制に従い、あるいは依存する人々の「集団」から「個」を炙り出し、その複雑な立場や心情を掘り下げることによって、改革開放政策以後の中国社会の変化を浮き彫りにしてきた。本作にもそんな視点がしっかりと埋め込まれている。

ジャの作品群のなかでも、『四川のうた』(08)と本作の繋がりはわかりやすいし、参考になるはずだ。ジャが『四川のうた』を作るきっかけは、50年にわたって栄えた巨大国営工場「420工場」が、2007年にその歴史に幕を下ろし、商業施設に建て替えられる計画を知ったことだ。そこで彼は、工場で働いた労働者たちに光をあて、ドキュメンタリーにフィクションを織り交ぜ、集団から個を炙り出し、変化する社会や価値観、歴史のうねりを描き出した。

体制に翻弄される個人が、現実と幻想の狭間で揺れる

本作は、服役していた主人公ユィが2008年に出所するところから始まり、1997年へと遡り、終盤で再び2008年に戻る。サスペンスとして見れば、この構成によって、ユィが服役することになった事情が明らかにされ、さらに終盤で残された謎が解き明かされるという流れが生まれる。

しかし、この構成には、サスペンスとは異なる流れも意識されている。1997年の物語の冒頭では、それが特別な意味を持っているかのように、バイクの故障で立ち往生するユィの背後に巨大な工場が浮かび上がる。そして、終盤で町に戻ってきた彼は、60年近い歴史を持つその工場が近日中に爆破され、跡地には市内最大の商業施設と住宅が建設される予定だというニュースを耳にする。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インド中銀が金利据え置き、紛争で見通し不透明 イン

ワールド

英シェル、第1四半期ガス生産見通しを下方修正 イラ

ワールド

ヒズボラが攻撃停止か、イスラエルはレバノン攻撃継続

ワールド

北朝鮮が弾道ミサイル発射、2日連続 韓国の緊張緩和
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命防衛隊と消耗戦に
  • 4
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 5
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 6
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 7
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 8
    【後編】BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音…
  • 9
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 10
    キッチンスポンジ使用の思いがけない環境負荷...マイ…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 4
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 5
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 9
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story