コラム

ホロコースト生存者の第二世代が抱える戦争のトラウマ、『運命は踊る』

2018年09月28日(金)15時00分

ヴェネチア映画祭で審査員グランプリのイスラエル映画『運命は踊る』(C) Pola Pandora - Spiro Films - A.S.A.P. Films - Knm - Arte France Cinéma – 2017

ヴェネチア映画祭で審査員グランプリ(銀獅賞)に輝いたサミュエル・マオズ監督のイスラエル映画『運命は踊る』では、息子の戦死という残酷な誤報によって運命が変わっていく家族のドラマを通して、イスラエル社会が鋭く掘り下げられる。

物語は三部で構成され、家族それぞれの心理や状況が、緻密に計算されたカメラワークとスタイリッシュな映像を駆使して描き出されていく。

第一部は、ミハエルとダフナ夫妻のもとに、軍人たちが息子ヨナタンの戦死を告げるためにやって来るところから始まる。ダフナは彼らの姿を見ただけで気を失う。ミハエルは懸命に平静を装うが、次第に軍人たちの対応に疑念を抱くようになる。そして、戦死が誤報だったことが判明すると、感情を爆発させ、彼らに息子をすぐに呼び戻すように要求し、さらにコネを使って手を回す。

第二部では、イスラエル北部の国境付近にある検問所が舞台になる。ヨナタンを含む4人の兵士たちは、暇を持て余しているように見えるが、彼らの任務は一触即発の緊張をはらみ、やがて悲劇が起こる。そして、ヨナタンだけが上官に呼ばれ、彼の運命が変わる。第三部では、ダフナを中心に、運命の皮肉に打ちのめされた夫妻が、彼らが共有してきた時間を見つめ直していく。

親たちが地獄を経験してきたから、不平を言ってはいけないと言われた世代

そんな家族のドラマが、どのようにイスラエル社会を掘り下げることと繋がっているのか。プレスに収められた監督インタビューの以下のような発言がヒントになるだろう。


「ミハエルのようなイスラエル人はたくさんいます。彼らはホロコースト生存者の第二世代で、親たちが地獄を経験して生き延びてきたのだから、不平を言ってはいけないと言われてきた世代です。彼は孤独で、自分の感情を押し殺した男で、自分が戦場にいると思い込んで、夜中に汗だくになって目覚めます」

この引用だけでは、その意味の重さが伝わらないかもしれないので、この発言と深く関わる2本のイスラエル映画を振り返っておきたい。1本は、ヴェネチア映画祭で金獅賞に輝いたマオズ監督の長編デビュー作で、『運命は踊る』の前作になる『レバノン』(09)。もう1本は、このコラムでレバノン映画『判決、ふたつの希望』を取り上げたときにも触れたアリ・フォルマン監督の『戦場でワルツを』(08)だ。

実はマオズとフォルマンは同じ世代に属している。彼らはともに1962年生まれで、それぞれ20歳と19歳で1982年のレバノン侵攻に従軍し、心に深い傷を負い、後にその経験に基づく『レバノン』と『戦場でワルツを』を作り上げた。

この2本の映画は、題材は同じでも、アプローチがまったく異なっているように見える。戦車の砲撃手だったマオズは、『レバノン』で斬新なスタイルを生み出した。この映画は、戦車の内部と戦車兵がスコープ越しに見る戦場の映像だけで構成されている。映画の冒頭には、「1982年6月6日午前3時、レバノン戦争下のある日の出来事」という字幕が挿入され、戦車兵たちの体験が凄まじい臨場感と閉塞感で描き出される。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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