コラム

レバノン人とパレスチナ難民の口論が国家を揺るがす裁判に:『判決、ふたつの希望』

2018年08月30日(木)15時30分

『判決、ふたつの希望』 PHOTO (C)TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL

<人種も宗教も異なるふたりの男の間に起きたささいな口論が、国を揺るがす裁判沙汰となるレバノン映画が、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた>

レバノン映画として初めてアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたジアド・ドゥエイリ監督の『判決、ふたつの希望』では、人種も宗教も異なるふたりの主人公の間に起きたささいな諍いが、負のスパイラルを巻き起こして裁判沙汰となり、国を揺るがす騒乱にまで発展していく。

ふたりの男のささいな口論が、国を揺るがす政治問題化

レバノンの首都ベイルートにある住宅街で、違法建築の補修作業をしていたパレスチナ難民の現場監督ヤーセル・サラーメが、あるアパートのバルコニーからの水漏れを防ぐ工事を行う。ところが、その部屋に住むレバノン人のトニー・ハンナは工事に気づいて憤慨し、取り付けた排水管を叩き壊してしまう。カッとなったヤーセルは、「クズ野郎」と口走る。

キリスト教右派政党レバノン軍団の熱烈な支持者で、パレスチナ人に反感を持つトニーは、その悪態が許せず、本人の謝罪がなければ会社も訴えると猛抗議する。困った所長に説得されたヤーセルは、トニーの自動車修理工場を訪ねる。だが、敵意むき出しのトニーから、「シャロンに抹殺されてればな!」という屈辱的な言葉を浴びせられ、激昂した彼は、トニーの腹にパンチを見舞い、肋骨を折るケガを負わせてしまう。

やがて始まる裁判は控訴審までもつれ、メディアの注目を浴びて政治問題化し、騒乱が巻き起こる。そんなドラマの背景には、1975年から1990年までつづいたレバノン内戦がある。

映画の冒頭で、トニーが参加するレバノン軍団の集会の演説には、「今でも我々にとっての真の大統領とはわが党の創設者故バシール・ジュマイエルだ」という言葉が盛り込まれている。ヤーセルがトニーの工場を訪ねたとき、そこに置かれたテレビには、バシールの画像が映し出され、パレスチナ人の排斥を訴える彼の演説が流れている。それらとヤーセルを激昂させたトニーの言葉は、内戦を通して深く結びついている。

1982年、イスラエルはPLOを駆逐するためにレバノンへの侵攻を開始した。そのレバノンでは、イスラエル寄りのバシール・ジュマイエルが新大統領に選出された。だが彼は、2週間後に爆弾で暗殺された。それから間もなくイスラエル軍が占領したサブラ・シャティーラ難民キャンプで、キリスト教民兵による難民の大虐殺が行われた。イスラエル国防相としてレバノン侵攻を指揮したアリエル・シャロンは、この虐殺事件の責任を追及され、辞任することになった。

個人の対立とレバノン内戦が重なって行く

さらにこの映画には、内戦に対する独自の視点が埋め込まれている。ドゥエイリ監督は、トニーとヤーセルの対立と内戦が重なっていくような流れを作っている。

レバノン内戦は、当初はキリスト教レバノン人とイスラム教レバノン人およびパレスチナ人の対立だった。だが、シリアが介入し、イスラエルが侵攻し、多国籍軍が派遣されるなど、様々な外部勢力が影響力を行使することで、当事者たちにはコントロールすることができない状況に陥っていった。

トニーとヤーセルの対立も、当初は個人と個人の対立だった。しかも、全面的な対決を望んでいたわけでもない。トニーはヤーセル本人からの謝罪を求めただけだった。ヤーセルも一審で暴力をふるった自身の非を認める。にもかかわらず、不運な巡り合わせでさらなる悲劇が起こり、控訴審が開かれることになる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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