コラム

音楽も、サッカーも禁じられ、歌を歌った女性は鞭で打たれたマリ共和国の恐怖政治

2015年11月27日(金)14時12分
音楽も、サッカーも禁じられ、歌を歌った女性は鞭で打たれたマリ共和国の恐怖政治

『禁じられた歌声』。2012年に西アフリカ・マリ共和国の北部が複数のイスラム過激派組織に制圧された事件を題材にした劇映画

 フランスのセザール賞で最優秀作品賞をはじめとする7部門を独占したモーリタニア映画『禁じられた歌声』は、2012年に西アフリカ・マリ共和国の北部が複数のイスラム過激派組織に制圧された事件を題材にした劇映画だ。

 舞台となる古都ティンブクトゥは、イスラム過激派のジハーディストに占拠され、住民たちは極端な解釈を施されたシャリーア(イスラム法)に基づく恐怖政治に支配されていく。音楽、たばこ、サッカー、不要な外出などが次々に禁じられ、不条理な懲罰が繰り返される。歌を歌った女性は鞭で打たれ、事実婚のカップルに対して公開処刑が行われる。

 そして、恐怖政治の暗い影は街外れに暮らす牛飼いの男とその家族にも忍び寄る。キダンは、妻のサティマ、娘のトヤ、孤児の少年イサンとともに質素なテントで平穏な生活を送っていた。だが、ジハーディストの訪問に不安を覚えだした頃に、大切な牛が漁師に殺される事件が起こり、一家は悲劇的な負の連鎖に巻き込まれていく。

 この映画では、断片的なエピソードを積み重ねていくことによって、状況や登場人物の心理が多面的に掘り下げられていく。少年たちは見えないボールを追いかけるエアサッカーに興じる。精神を病んだ女性にはジハーディストも手が出せず、派手なドレスをまとった彼女は、思ったことを口にし、街を闊歩する。そんな光景は狂気と正気が逆転したかのように見える。一方、ジハーディストのなかには、隠れてタバコを吸ったり、サッカー談義に熱中する人間もいる。

『禁じられた歌声』。フランスのセザール賞で最優秀作品賞をはじめとする7部門を独占した。


 モーリタニア生まれで、現在フランスを拠点に活動するアブデラマン・シサコ監督は、自身もイスラム教徒で、マリのバマコで育った。そんな彼の思いは、地元のイマーム(指導者)とジハーディストの対話に表れている。イマームは「君らの行為はイスラムへの反感を増すだけだ」と語る。しかし相手は聞く耳を持たない。慈悲の心を持ち、他者と共生していたイスラム社会が、イスラムの名のもとに蛮行を繰り返すジハーディストに乗っ取られていく。

 シサコ監督はこの映画で、そんな図式を別なかたちで掘り下げている。注目しなければならないのは、音楽と暴力の関係だ。娘のトヤは家族同然の少年イサンに、父親のことをこのように語る。「父さんが今も生きてるのはギターを弾いて歌を歌う人だからよ。父さんは兵士じゃない。兵士はみんな早く死んじゃう。離れてる時も私は知ってる、父さんは歌う人。ほかの人には内緒よ」。この映画には、キダンが爪弾くギターに合わせて、サティマとトヤが歌う短い場面が挿入され、彼のミュージシャンとして一面を垣間見ることができる。

 そんなキダンは、特に大切にしていた牛が漁師に殺されたことを知った時、自分を見失い、仕舞い込んであった銃を取り出し、止めようとするサティマに「屈辱は終わりにするべきだ」という言葉を残して出ていく。この一連のドラマには、音楽と暴力に関わる深い意味が込められているように思える。キダン一家が属するトゥアレグ族と音楽ですぐに思い出されるのは、グラミー賞も受賞したティナリウェンを筆頭とする"砂漠のブルース"のバンドだ。彼らには共通するバックグラウンドがある。

sub2_R.jpg古都ティンブクトゥは、イスラム過激派のジハーディストに占拠され、恐怖政治に支配されていく


sub6_R.jpg音楽、たばこ、サッカー、不要な外出などが次々に禁じられ、不条理な懲罰が繰り返される。


 サハラ砂漠に生きる遊牧民であるトゥアレグ族は、73年と84年に起こった大旱魃で遊牧が困難になり、都市への移住を余儀なくされた。その新天地で貧困に苦しむ彼らは、イシュマール(無職の若者)と呼ばれた。そして、孤立する彼らに向けて軍事訓練への志願者を募ったのが、リビアの独裁者カダフィだった。90年代以降、マリで自治や独立を求めるトゥアレグ族の抵抗運動が活発になるのは、訓練を受けた若者たちがマリに戻ってきたからだ。ティナリウェンやそのフォロワーであるタミクレスト、テラカフト、トゥーマストのメンバーの多くは、そんな訓練や戦闘を経験し、やがて音楽に目覚め、音楽を通してトゥアレグ族としてのメッセージを発信するようになった。

 しかし、2000年代に入ってからトゥアレグ族の抵抗運動が変化していく。イスラム過激派のマリでの活動が目立つようになり、トゥアレグ族のなかにもイスラム過激派と繋がりを持つ組織が生まれる。さらに、2011年にアラブの春と欧米の軍事介入でカダフィ体制が崩壊したことによって、混乱がマリにも波及する。2012年にマリ北部を制圧したのは、トゥアレグ族の武装組織とイスラム過激派の共同戦線だったが、その後の対立でトゥアレグ族は駆逐されてしまう。そして、イスラム過激派が標的にしたのが、大きな影響力を持つようになった音楽だった。実際にこの制圧のなかで、ティナリウェンのメンバーが脅迫され、拘束されるという事件も起こっている。

 シサコ監督は、キダンとサティマを演じる俳優から、演技力ではなく、そんな歴史を滲ませる存在感を引き出している。キダンを演じるイブラヒム・アメド(別名:ピノ)は、タミクレストにパーカッション奏者として参加したり、テラカフトにベーシストとして在籍していたミュージシャンであり、北部が制圧された時にはアルジェリアに逃れることを余儀なくされた。サティマを演じるトゥルゥ・キキは、ベルギーで結成された亡命トゥアレグ人のバンド、ケル・アスーフの新メンバーとなり、ボーカルを担当している。ちなみに、このバンドのリーダーであるアナナ・ハロウナもかつてリビアで軍事訓練を受け、抵抗運動に参加した経験を持っている。

 負の連鎖に陥ったキダンは、彼が信じるイスラム教とは違う冷酷な法によって裁かれ、家族は引き裂かれていく。この映画では、音楽と暴力の関係を通してイスラム社会の危機が描き出されている。


●映画情報
『禁じられた歌声』
監督:アブデラマン・シサコ
公開:12月26日よりユーロスペースほか全国順次ロードショー
(c)2014 Les Films du Worso (c)Dune Vision

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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