コラム

オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点

2017年02月28日(火)13時30分

トランプ政権は既に、その政策プログラムに関して、クリントン政権時どころではない内外からの猛烈な批判に直面している。イスラム入国制限の事例が示しているように、その批判は明らかに、政権の政策実行能力を奪っている。

たとえば、現在のトランプ政権の中枢や周辺には、金融業界出身の実務家はいても、対中強硬論者として知られるピーター・ナバロを除けば、経済学者といえるほどの経済学者は存在していないように見える。現時点では、政権の経済政策の全般的方向性を決めるはずの大統領経済諮問委員会の委員長さえ決まっていない。その理由はおそらく、トランプやバノンらオルト・ライト派のきわめて反経済学的な経済把握と折り合いをつけられるような「名の通った」経済学者やエコノミストが、捜してもなかなか見つからないからであろう。

トランプ政権はあるいは、経済学者などというものの存在はまったく無視して、輸入相手国に一方的に国境税を設定し始めるかもしれない。しかし、それはWTOの貿易ルールに明白に違反することになるから、その政策を貫徹するには、アメリカがWTOを離脱する以外に方法はない。トランプは実際、大統領選中にその可能性を示唆したことがある。とはいえ、アメリカが本当にWTOを離脱するとなれば、その政治コストはTPP離脱の比ではない。トランプといえども、それほどの政治資源の浪費は無理であろうというのが、筆者の楽観的予想である。

トランプ政権の政策プログラムが、どの程度の時間をかけて非オルト・ライト化されるのかは、現時点では予想できない。当面はオルト・ライト性向がますます強まっていく可能性は十分あるし、それがアメリカの外に拡がっていく可能性さえある。というのは、昨年のブレグジットが示すように、オルト・ライト的な反グローバリズムは、決してアメリカ固有のものではないからである。それは、リーマン・ショック後の経済停滞に長くもがき苦しんできた先進国全体に、共通した基盤を持っている。

その点で現在最も注目されているのは、フランスのオルト・ライトたるマリーヌ・ルペンである。EUの解体、さらにはフランスのユーロ離脱と通貨主権の回復を訴え、ドイツ主導の欧州の緊縮主義を鋭く批判するこの女性政治家もまた、オルト・ライト・ケインズ主義を体現する一人である。とりあえずの山場は、本年4月のフランス大統領選である。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米雇用4月17.7万人増、失業率横ばい4.2% 労

ワールド

カナダ首相、トランプ氏と6日に初対面 「困難だが建

ビジネス

デギンドスECB副総裁、利下げ継続に楽観的

ワールド

OPECプラス8カ国が3日会合、前倒しで開催 6月
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story