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シリーズ日本再発見

「社宅」という、もう1つの職場――何のために造られたのか

2019年09月30日(月)11時25分
松野 弘(経営学者、現代社会総合研究所所長)

政府の「社宅」も見直しを考えるべきだ

ただし、バブル崩壊以来、経費削減のための企業内福祉制度見直しの一環として、社宅制度が検討対象となり、社宅を売却する企業も増えてきているようである。ある調査によれば、1990年代には企業全体の70%程度が社宅を保有していたが、今ではその割合は半分にも満たないだろう。

しかし、これはあくまでも世界的な景気後退という経済環境の悪化に伴う、企業側の経済的な事情からである。企業活動がグローバル化し、欧米的な合理的価値観としての個人主義、能力主義が主流となってきている現在では、社員を伝統的な日本的集団主義によって管理してゆくような社宅制度は思い切って廃止し、仕事の成果によって社員の労苦に報いる、合理的な応報システム(賃上げ等)に切り換えるべきだろう。

これらの経済的事情や価値観の変化は民間企業に当てはまることが多いが、他方、現在でも数多くの「社宅」を抱えているのが政府である。行政側(国や地方自治体)にいわせると、国家公務員や地方公務員は緊急の仕事があり、また夜遅くまで仕事をしているので、職住近接のほうがいい、という論理である。

したがって、公務員住宅は東京都区内の一等地でも、10万円以下の低家賃で入居することが可能となってきた。平成31年の財務省理財局の資料「国家公務員宿舎に関する今後の対応について」によれば、役職によって宿舎の広さが厳格に決められている。

公務員の指定職(本府省の部長級以上)は80平方メートル以上であるのに対して、一般の職員(本府省、管区基幹の係員等)は25平方メートル未満となっている。都心で80平方メートル以上のマンションに居住するとなると、おおよそ50万円以上の家賃になるだろう。

他方、国や地方自治体の財政悪化に伴い、不要な公務員住宅は売却されるなど行財政改革が一応は行われている。平成23年の「国家公務員宿舎の削減のあり方についての検討会」資料によれば、仕事上の必要のある職務に就いている職員の宿舎は残し、福利厚生的な意味での宿舎は大幅に削減の予定としているが、実際にはそう簡単には進んでいないのが現状だ。

民間企業は厳しい経営環境の中で、社員の福利厚生のあり方を見直す一環として、社宅を廃止し、売却を進めているが、国民の税金で成り立っている公務員(国家公務員や地方公務員等)も――行財政改革を推進していく意味でも――公務員の「社宅」制度(宿舎)の見直しを考えてもらいたいものである。

こうした事情からしても、今や日本の企業も役所も温情主義的な古い日本的経営スタイルを見直し、仕事の成果によってのみ対価を与えるという欧米の成果主義型経営への転換を図っていくことが求められている。さらに、「社宅」という福利厚生型の集団主義的な労働対価が果たして必要なのかということを再検討する段階にきていると言っていいだろう。

[筆者]
松野 弘
社会学者・経営学者・環境学者〔博士(人間科学)〕、現代社会総合研究所理事長・所長、大学未来総合研究所理事長・所長、一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会副会長、岡山県津山市「みらい戦略ディレクター」等。日本大学文理学部教授、大学院総合社会情報研究科教授、千葉大学大学院人文社会科学研究科教授、千葉大学CSR研究センター長、千葉商科大学人間社会学部教授等を歴任。『「企業と社会」論とは何か』『講座 社会人教授入門』『現代環境思想論』(以上、ミネルヴァ書房)、『大学教授の資格』(NTT出版)、『環境思想とは何か』(ちくま新書)、『大学生のための知的勉強術』(講談社現代新書)など著作多数。

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