コラム

『ザ・パシフィック』が描く日本人

2010年07月23日(金)16時32分

 米HBOが制作したテレビドラマシリーズ『ザ・パシフィック』の日本での放送がWOWOWで始まった。製作総指揮として第二次大戦のヨーロッパ戦線を描いた『バンド・オブ・ブラザース』を制作したトム・ハンクス、スティーブン・スピルバーグが今回テーマに選んだのは太平洋の戦い。第1回放送分が7月25日午後9時までインターネットで無料公開されている

 総制作費200億円を投じた力作だけあって、『ザ・パシフィック』は今年のエミー賞に最多24部門でノミネートされている。第1回を見て、確かにディテールにこだわった力作の名に違わない作品だと思った。だが、どうしてもテレビドラマとして素直には楽しめなかった。

 それは米兵たちが機関銃で「七面鳥撃ちの七面鳥」のように撃ち殺す相手が自分の祖父であり、曾祖父である日本人だからだ。

 ガダルカナル島の戦いを描いた第1回を見る限り、スピルバーグやハンクスに日本人を「眼のつり上がったサル」としてステレオタイプに描くつもりはないことははっきりしている。逆に主人公の海兵隊員の1人が、戦死した日本兵の背嚢の中から子供がつくっただろう布人形を取り出すシーンでは、日本兵も1人の人間だったと描こうとする意図が感じられた。

 筆者は以前、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』を見たとき、手榴弾で内臓や頭の半分を吹き飛ばす日本兵の自決シーンに気分が悪くなってDVDを止めたことがある。それには単に描写がリアル過ぎるという理由だけではなく、「日本人だから」という感情も入っていたと思う(二宮和也を除く日本人俳優たちのセリフの読みがヘンで耐えられなかったというのもあったが)。

 有料かつ放送衛星を経由する限定的なものとはいえ、『ザ・パシフィック』が日本のテレビで放送される意味は他国とは明らかに違う。観客も場所も限定される映画館での上映とも違う。

 恐らく日本人が相当客観的に太平洋戦争を捉えることができるようになった、言い換えれば「民族の心の傷」がかなりの程度まで癒えたことが背景にある。終戦から65年が経ち、現実に苦痛や悲しみを感じた人たちは徐々にこの世を去りつつある。

 民族の悲劇を忘れるべきではないという感情は正しい。いつまでも過去に拘泥すべきではないという主張ももっともだ。どちらが正しいかは分からない。ただ目前のテレビの戦闘シーンと、祖父や曾祖父が感じただろう苦痛を結びつける想像力を失うのは、1人の人間として怖い気がする。

 このあと『ザ・パシフィック』が描くのは、ペリリュー島、硫黄島、沖縄といういずれも日本軍が水際での玉砕戦法をとらず、米軍を陣地の奥深くまで誘い込んで「大量出血」を強いた戦いだ。視聴者を待っているのは玉砕よりもっと凄惨な戦闘シーンだろう。

「スタート割」中らしいが、WOWOWに契約を申し込むべきか、まだ迷っている。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story