コラム

毒ギョーザ事件の色メガネ報道

2010年03月29日(月)15時00分

 08年1月末に発覚した中国製冷凍ギョーザ中毒事件の第一報は、記憶が正しければ、自宅で当時3歳の長女に夕食を食べさせていたときNHKラジオのニュースで聞いたと思う。「激しい中毒症状を訴えている人が相次いでいる」というアナウンサーの少しあせった声を聞いて、全身から血の気が引いた。

 ギョーザを食べていたから、ではない。

 その約4カ月前の07年9月末、本誌で『毒食品の嘘』という記事の取材と編集を担当した。その年の3月に起きた中国製ペットフードへの化学物質混入をきっかけに、世界中で中国製品の安全性を疑問視する報道が相次いでいた。記事は、微量の残留農薬検出を針小棒大に伝える報道に警鐘を鳴らす内容、だった。

 年が明けた08年1月には、中国食品騒ぎはほぼ沈静化していた。「ギョーザから農薬成分のメタミドホスが検出された」というニュースを聞いて、自分のせいだとは思わなかったが、「どういう記事を作りゃいいんだ!?」と頭を抱えた。

 中国政府の説明を信じるなら、事件は食品工場の労働条件に不満をもつ中国人の単独犯行だった。注射針でメタミドホスをギョーザに注入したということだから、ごく微量の残留農薬が野菜の表面に付いたケースとは根本的に違う。

 本誌の記事がきっかけだったかどうか分からないが、その後残留農薬が出たからといって、ごく微量なのに大騒ぎする食品報道は減ったように思う。ただ、今も特定の情報やデータをフレームアップして伝える記事はなくなっていない。今回の容疑者拘束に関連した報道でもそれは同じだ。

■「ギョーザ事件で輸入減」は本当か

 毒ギョーザ事件が起きた08年以降、日本の中国からの食品輸入は激減している。財務省の貿易統計によれば、07年には9213億円あった輸入額が08年には7124億円になり、09年は6405億円にまで減った。読売新聞は「事件前に比べて3割減った」と伝えている。

 確かにデータと記事の内容に間違いはないが、読売の記事は大切なことを書いていない。07年から08年にかけて減っているのは中国だけだから、これは毒ギョーザ事件のせいなのだろう。

 だが08年から09年にかけて、日本の食品輸入量全体が2割減少している。中国だけでなく、アメリカやEU、中国以外のアジアからの輸入も軒並み減った。明らかに08年に起きた金融危機に伴う景気後退と消費の冷え込みが原因だ。

「今年も減少傾向は続き、1月の輸入額は、前年同月と比べ全体で6%減の約539億円となっている」という指摘も正確ではない。08年1月は前年同月比22%減ったが、09年1月は前年同月比6%減。中国食品アレルギーもそろそろ底を打ちかけている、と言うべきだろう。

 小さなことかもしれない。だが「毒ギョーザ事件=中国からの輸入減少」というフレームありきでニュースを切り取るのは、「農薬イコール危険!」と"脊髄反射"していた3年前のメディアの報道姿勢と本質的には変わらない。

――編集部・長岡義博

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story