コラム

「イケメン」ホームレス、故郷へ帰る

2010年03月17日(水)11時00分

 春節明けの中国でそのありえないイケメンぶりが話題になったホームレス王子だが、俳優やモデルの「やらせ」ではなかったらしい。3月5日、住んでいた浙江省寧波市から、母と弟に連れられて故郷の江西省上饒市に戻った。その帰郷がまたネットで騒ぎになっている。

「王子」がブレイクしたのはネットの投稿がきっかけだったが、その素性が分かったのもネットだった。浙江省杭州市の職業学校に通う徐という名前の学生が、ネットで「王子」の動画を見ていて、江西省上饒市の実家の隣に住んでいた「哥哥(お兄ちゃん)」にそっくりなことに気がついた。徐君はさっそく父親に事の次第を知らせた――。

 徐君のとなりに住んでいた「お兄ちゃん」の名前は程国栄。34歳。11年前に江西省から出稼ぎに出て以来、音信不通になっていた。本物の兄と確認した弟によれば


 程国栄には11歳と10歳の子供が2人いる。出稼ぎに出たときの精神状態は正常だった。現在こんな(精神)状態になっているのは、一体どんな刺激を受けたせいか分からない。出稼ぎに出た後連絡がなくなり、家族が何度か探しに出たが見つからなかった。程国栄の父親と彼の妻は去年、自動車事故で一緒に死亡し、2人の子供は母親が面倒を見ている。家計はきわめて貧しい。


 程国栄は行動こそ普通だが、家族以外の人間とうまくコミュニケーションがとれない状態だという。

■ひげをそったら普通のおじさん

 元「王子」の帰郷には記者とカメラが同行して、その様子はすぐにネットにアップされた。髪を切ってひげをそったら普通のおじさんになってしまった「王子」に失望しているネチズンも多いようだが、それでも程国栄のストーリーが中国人の心をひきつけるのは、彼が出稼ぎ農民の厳しい現実を体現しているからだ。
 
 中国経済の成長の原動力になってきた都市部への出稼ぎ農民だが、その過酷な現実は中国人以外にはあまり知られていない。基本的に春節の時期以外は1年間休みなし。朝から晩まで着の身着のままの肉体労働で、食事も飢えこそしないが粗末なものがほとんど。悪い「老板(ラオバン、社長や親方の意味)」にあたれば手ひどく搾取される。
 
 出稼ぎ先のプレッシャーで精神的におかしくなり、ホームレスに。10年以上帰郷せず、不在のあいだに妻と父が不慮の事故死を遂げていた......程国栄は華やかな中国経済の負の側面を象徴する存在と言っていい。

 11年前の99年といえば、WTO正式加盟と北京オリンピック開催が決まる前だ。中国人はタイムトンネルを抜けて目の前に現れた「王子」を見ながら、発展の陰に取り残してきた人たちへの贖罪の意識を感じているのかもしれない。

 とはいえこのニュースをきっかけに、中国のネットでは「秀才ホームレス」「スプライトホームレス(?)」などホームレスブームが起きている。「王子」の歌まで勝手に作っている。ちょっと悪乗りし過ぎだと思う。

──編集部・長岡義博

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story