コラム

中国のメンツを潰したアラカン軍とは何者か──内戦続くミャンマーの「バルカン化」

2024年01月22日(月)18時55分

アラカン軍は民主派やその他の少数民族の武装組織とも「反・軍事政権」では一致していて、民主派に軍事訓練を提供している。

アラカン軍はやはり北西部を拠点とする他の2つの武装組織、ミャンマー国民民主主義同盟軍とタアン民族解放軍を「同胞」と呼ぶ。

中国が仲介した停戦協議に応じたのはこの「3同胞同盟(3BHA)」だが、アラカン軍による北西部制圧には他の2組織も協力したとみられている。

「国軍の後退は中国の後退」か

しかし、「国軍の後退でミャンマーでは中国の影響力が衰える」といえるかは微妙なところだ。

先述のように、中国は軍事政権を支援し、欧米から湧き上がる「ジェノサイド」批判から擁護してきた。

ただし、その一方で、アラカン軍は中国製の武器を使用していて、中国から軍事援助されていると指摘する専門家も多い。

中国がアラカン軍を「てなづける」のは、軍事政権との停戦交渉に向かわせる手段になると同時に、最悪の場合の「保険」にもなる。いわば戦局がどう転んでもいいようにできる。

このように中国が対立する当事者に両股をかけるのは、ミャンマーの他の武装組織に関しても、さらにはミャンマー以外でも見受けられる。

とすると、国軍の後退が中国にとってマイナスと限らないのでは、とも思われる。

しかし、アラカン軍が中国とつながっているとすると、一つ疑問が残る。中国の仲介で軍事政権と停戦を合意したところまではともかく、なぜアラカン軍は停戦合意を破って北西部を制圧したのか?

その理由として考えられるのは、「アラカン軍が中国の足元をみた」ということだ。

なぜ停戦合意を無視したか

「アラカン軍が中国の足元をみた」とはどういう意味か。

米シンクタンク、スティムソン・センターのヤン・サン上級研究員は「アラカン軍に対する中国のコントロールは弱体化している」と述べたうえで、「お互いの利益は基本的に異なる」とも指摘する。

つまり、中国にとっての優先事項はビジネスの安全を確保する、あるいは難民の流入を抑えるための「ミャンマーの安定」であるのに対して、アラカン軍の究極目標は「北西部の自治」にある、というのだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発、米物価指標を前に方向感欠く 個別物

ビジネス

ソニーGの今期、5.5%の営業増益見通し 1株を5

ビジネス

出光、6.5%・700億円上限に自社株買い 全株消

ビジネス

シャープ、堺ディスプレイプロダクト堺工場の生産を停
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story