コラム

井戸水に頼る人々や売春婦──外出制限を守れない貧困層がアフリカで新型コロナを拡散する

2020年03月25日(水)13時54分

アフリカ大陸は当初、コロナ感染とほぼ無関係だった。そのなかでも特に海外からの観光客も多いジンバブエでは、国内最大の病院ですら防護服が足りない状況だったにもかかわらず、政府が「対策は万全」と強調し、近隣諸国が航空路線などを閉鎖するなかでも外国との往来などが基本的に規制されていなかった。


冒頭で触れた、社会的な発言力をほとんど持たないセックスワーカーをいわば狙い撃ちにする通達は、こうした最中に出されたのだ。

状況を過小評価していたジンバブエ政府の方針が一変したのは、「セックスワーカーに近づかないように」という命令が出た翌20日、初の感染者が確認されたことだった。患者は3月上旬、イギリスに渡航していたという。

さらに翌21日、2番目の感染者が確認された。こちらは最近アメリカに渡航歴がある。

相次ぐ感染確認にジンバブエ政府は新型コロナを「国家的災害」と呼び、遅ればせながら各種イベントの中止や100人以上の集会の禁止などを打ち出した。しかし、先述のセックスワーカーのように、外に出ざるを得ない人は多い。

水のために数時間待たなければならない人々

ところで、自宅待機したくてもできないのは仕事のためだけではない。ジンバブエでは水を手に入れるため、日常的に何時間も行列に並ばなければならない人々が多いからだ。

ジンバブエでは2018年から昨年にかけての干ばつで水不足が深刻化。昨年9月には首都ハラレでさえ上水道が停止した。

水不足に拍車をかけているのが経済危機だ。ジンバブエは2000年代にハイパーインフレに陥って以来、経済的には最悪の状態にある。2019年9月にはインフレ率が世界最高の300%を記録した。

機能しない政府は、水さえ満足に国民に提供できない。政府を当てにできない人々は、容器を抱えて井戸に何時間も並ぶことが珍しくない。南東部の地方都市チトゥンギザの34歳の女性はアル・ジャズィーラの取材に「朝4時に起きて列に並んでいる」と応えている。

水だけではない。干ばつによって食糧不足も発生したが、ジンバブエ政府が対応できないなか、国連などが支援物資を配布している。しかし、ここにも行列はある。米ABC放送は89歳の老婆が自宅から5キロ先の配給所に行き、行列に並んで食糧を手に入れる様子を伝えている。

いくら屋外でも、行列に何時間も並べば感染リスクは高まる。しかし、彼らにとって自宅待機は新型コロナ以前に生命に直結する問題なのだ。

特権としての自宅待機

こうしたアフリカの状況は、もちろん日本など先進国とはだいぶ異なる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米新安保戦略、北朝鮮非核化を明記せず 対話再開へ布

ワールド

対中ビジネスに様々な影響が出ていることを非常に憂慮

ワールド

中国、26年も内需拡大継続へ 積極政策で経済下支え

ビジネス

ドイツ鉱工業生産、10月は前月比+1.8% 予想上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story