コラム

リベラルな価値観は時代遅れか――プーチン発言から考える

2019年07月10日(水)15時55分

G20大阪サミットでのプーチン大統領(左)。隣は韓国の文在寅大統領(2019年6月28日) Kiyoshi Ota/REUTERS


・プーチン大統領は「リベラルな価値観は時代遅れ」と断定した

・しかし、ロシアはともかく先進国では、リベラルな価値観は保守を自認する多くの人々にも共有される「当たり前」のものになっている

・それにもかかわらず、政治勢力としてのリベラルが衰退した最大の要因は、保守派と比べてアップデートに遅れたことにある

ロシアは最先端?

プーチン大統領は6月27日、インタビューで「リベラルな価値観は時代遅れ」と断じた。そのうえで、欧米諸国で移民や難民の権利が過度に認められ、これが多くの国民に拒絶されていると指摘。リベラルな価値観の衰退と入れ違いに伝統的な価値観がこれまで以上に重要になっているとも述べた。

プーチン氏の見解が正しいとすれば、ネット規制が強化され、政府への批判が違法化され、スカート着用で化粧をして出勤した女性社員に報奨金を出す会社もあるロシアは、むしろ世界の最先端を行くらしい。

皮肉はさておき、少なくとも西側先進国の現状をみれば、プーチン氏の発言は正鵠を射ているように映る。

トランプ大統領に代表されるように、移民・難民の受け入れを拒絶するエネルギーは各国で強まっている。先進国に限ってみれば、リベラルと目される政府はカナダのトルドー政権などに限られる。一昔前、欧米諸国でリベラル政権が珍しくなかったことからすると、隔世の感がある。

ただし、それでもプーチン発言を真に受けることはできない。ロシアはともかく、少なくとも先進国ではリベラルな価値観の多くは時代遅れというより「当たり前」になったからである。

<参考記事>二大政党制が日本で根付かないのは「残念なリベラル」のせいなのか

「当たり前」になったリベラル

そもそも「リベラルな価値観とは何か」だけで大著を著す必要があるが、ここでは簡単に「性別や出自などの属性にかかわらず、個人に対等の権利を認めるべきと捉える立場」と考えたい。

本来リベラルな価値観は、階級、性別、民族などの属性が偏った支配によって抑圧された個人を解放するイデオロギーとして登場した。

これに対して、保守と呼ばれる立場は、多かれ少なかれ属性の違いを理由に権利の格差を容認する(「女性は土俵にあがるべきでない」など)といえる。

それが行き過ぎればヘイトスピーチと呼ばれるが、当事者たちはこれを「表現の自由」や「思想信条の自由」で正当化する。ただし、ここで注意すべきは、「表現の自由」や「思想信条の自由」が18世紀イギリスのジョン・ロックに遡るリベラルの系譜のなかで発達した観念であることだ。

つまり、保守を自認する多くの人々もリベラルの遺産によって立っていることになる。それはリベラルの価値観がそれだけ浸透していることを象徴する。

<参考記事>なぜ右傾化する高齢者が目につくか──「特別扱いは悪」の思想

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米消費者信用リスク、Z世代中心に悪化 学生ローンが

ビジネス

米財務長官「ブラード氏と良い話し合い」、次期FRB

ワールド

米・カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近い ルビ

ビジネス

TikTok巡り19日の首脳会談で最終合意=米財務
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story