コラム

シリアIS占領地消滅でアルカイダは復活するか──3つの不吉な予兆

2019年03月25日(月)11時24分

また、サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件で国内の求心力も低下したムハンマド皇太子は、それまで対立してきた守旧派の王族との関係改善に着手している。2月24日、ムハンマド皇太子がリーマ王女を駐米大使に任命したことは、アメリカに向けては「女性の社会進出を促している」というポーズだが、国内的には全く別の意味をもつ。リーマ王女は、かつてアルカイダとの窓口だったバンダル・ビン・スルタン王子の娘だからだ。

このようにサウジが自分の事情でアルカイダとの関係を見直さざるを得なくなったことは、アルカイダにとってバックアップ体制が強化されたことを意味する。

欧米諸国の失点

そして最後に、イスラーム過激派のテロを誘発しかねない出来事が、欧米諸国で相次いでいることだ。

とりわけ、ニュージーランドのクライストチャーチで50人のムスリムが白人右翼に虐殺され、その映像が世界中に流出したことは、同様の白人右翼テロを誘発しかねないだけでなく、「報復」を大義とするイスラーム過激派の活動をも活発化させ得る。実際、パレスチナのガザを拠点とするアルカイダ系組織はクライストチャーチ事件を受け、「ムスリムの悲劇にツイートやニュースをシェアして応えることは十分ではない」と主張し、「あらゆる可能な努力」を呼びかけている。

さらに、第三次中東戦争以来、イスラエルが占領してきたシリア領ゴラン高原をトランプ大統領が「イスラエル領」と認定したことは、ムスリムの目にはイスラーム世界の一部が切り取られたと映る。これは「イスラーム世界の防衛」を大義とするジハードをさらに正当化することになる。

欧米諸国のなかにイスラーム過激派を煽る言動が増えていることは、結果的にアルカイダの復権を促す一因となり得る。

こうしてみたとき、アルカイダの復権を促す条件は整いつつあるようにみえる。だとすれば、バグズ陥落でIS占領地が壊滅したことは、グローバル・ジハードを錦旗とするイスラーム過激派の活動の終結を意味するどころか、次のステージの幕開けに過ぎないのかもしれない。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story