コラム

本格始動した岸田政権への不安

2021年11月17日(水)16時10分

「新しい資本主義」を掲げる岸田政権が、2022年以降どのような経済政策を打ち出すのかは、依然として明確ではない...... REUTERS/Hannah McKay/

<2022年以降の経済政策策定の議論が官僚組織主導で進み、仮に2%インフレ実現と経済正常化による成長押し上げ政策に対する官邸のコミットが弱まれば、日本経済にとって大きなリスクになる>

10月末の衆院選挙を乗り切った岸田政権が本格的に始動、新型コロナ対応と新たな経済政策の双方がほぼ出揃いつつある。新型コロナ対応は、まずは3回目のワクチン接種を12月から開始して推進する。更に、経口治療薬の年内実用化で、速やかに合計60万回分を医療現場に配布、追加で100万回分も確保して万全を期すとされている。これら重症化抑制の具体的な対応によって、新型コロナ感染者の重症化は相当程度抑制されると期待される。

本当に入院可能な病床が増えるか懐疑的

一方、菅政権下で大きな問題になった、患者数増加に対応できなかった医療資源逼迫については、この夏対比で病床を3割増の37000人つまり約1万病床増やす目標が明言された。具体策として、公的病院の専用病床化、個々の病床稼働情報を徹底した見える化、臨時の医療施設等確保(3400名分)、などが挙げられている。公的病院に対しては今夏ピーク時の2割以上の増加を要求する通達が出され、この要求によって病床拡大数は数千床程度になると推察されるが、どの程度増えるかの病院側からの回答はまだ行われていないとみられる。

上記だけでは目標とする約1万の病床増加には足りないので、民間病院による病床提供も必要になるが、そのインセンティブ強化がどのように行われるか不透明である。仮に病床の情報公開が進んでも、インセンティブや法的強制力を伴わなければ、民間病院による病床数が本当に増えないのではないか。また、病床を底上げする為には、機能が異なる医療機関同士の連携強化が必要な対応になるだろうが、この点具体的な対応策はみられない。更に、病院による病床が確保されても、看護師などの人的資源がどの程度増えるかも不確実性が高い。これらを踏まえると、岸田政権が掲げた通りに、本当に入院可能な病床が増えるか筆者は懐疑的である。

結局、先にあげたワクチン接種推進と経口薬投与によって新型コロナの重症化が相当抑制される可能性が高い、と岸田政権は判断していると推察される。また、権益を持つ医療機関の政治的抵抗が強いので、病床の機能分化および連携による効率的な対応が進まないのかもしれない。こうした制約もあり、未知の感染症拡大に備えた病床や医療人材の確保は難しいと岸田政権は判断しているのだろうか。あるいは、危機への備えよりも、医療関連の財政支出を抑制したい経済官僚の意向を強く反映しているのかもしれない。

2022年以降の経済成長は新型コロナの動向と海外経済に依存する

2021年初から7−9月期までの日本経済は、新型コロナ患者拡大による医療資源逼迫に直面して経済活動抑制が続き、マイナス成長で推移した。ただ、新型コロナ感染者が急速に減少し10月から経済活動制限が解除されたことから、10−12月GDP成長率は大幅なプラスに転じるだろう。10月分の景気ウォッチャー調査は、飲食店などを中心に大きく改善している。

2022年以降に経済成長が続くかどうかは、新型コロナの動向と海外経済に依存するだろう。仮に2021年同様に新型コロナ患者数が増えて医療資源が逼迫すれば、政府や自治体からの要請と自発的な活動抑制によって経済成長は再び止まる。先に述べた通りに、岸田政権が打ち出した医療資源拡大政策の実効性は低いとみられるため、仮に今年以上の新型コロナの再流行が起これば医療資源は再び逼迫するリスクがある。

ただ、米欧先進諸国対比で日本はワクチン接種率がかなり高く、追加の重症抑制策である経口治療薬が登場するので、医療体制の拡充が十分ではなくても、2021年10−12月から22年にかけて経済回復局面が続く、というのが筆者のメインシナリオである。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

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