コラム

ホームレス女性殺害事件がモチーフの『夜明けまでバス停で』 直近の現実を映画で描く葛藤

2022年10月07日(金)17時05分
『夜明けまでバス停で』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<20年11月に東京・渋谷のバス停でホームレス女性が殺害されて2年。設定は大きく変えているが、この凄惨な事件を高橋伴明監督はどう作品にしたのか>

時おり考える。映画は現実にどれほど拮抗できるのか。すべきなのか。「できるのか」と「すべきなのか」。二つの述語を記したけれど、どちらも微妙に違う。適格な述語をどうしても思い付けない。でもとにかく、映画を撮る上で現実をモチーフにすることについて、改めて考えてみたいのだ。

これは映画だけではなく、表現領域全般におけるテーマと捉えるべきだろう。現実に起きた事件や事象を客観的に取材して問題提起するならば、それはジャーナリズムの領域になる。テレビ時代に僕は、ドキュメンタリーと報道系の番組を主なフィールドにしていた。当時はほとんど意識していなかったが、この二つは似て非なるものだ。100%の客観性や中立性を実現することなどそもそも不可能だが、ジャーナリズムならば可能な限り客観や中立を目指さなくてはならないし、ドキュメンタリーは主観(作家性)をしっかりと示さねばならない。

......この論考を始めると一冊の本になる。今は映画に絞ろう。現実に起きた事件や事故をモチーフにする映画は多い。いやそもそも、現実とまったく切り離された作品を制作することなど不可能だ。時代劇だろうがホラーやファンタジーだろうが、脚本家や監督の日常や現実の影響から100%切り離された映画などあり得ない。

それを前提で書くが、欧米や韓国などに比べれば、この国では直近の事件をテーマにする映画は決して多くない。その理由の一つは、加害者を描くことに抑制が働くからだろう。

ただし例外はある。安倍晋三元首相銃撃事件をモチーフにした『REVOLUTION+1』だ。国葬の日に特別上映されたこの映画については、いつか書くつもりだ。

連合赤軍事件をモチーフにした映画『光の雨』を2001年に発表した高橋伴明が今月公開する新作は『夜明けまでバス停で』。20年11月に東京のバス停でホームレス女性が殺害された事件にインスパイアされた映画であることは明らかだ。

事件から2年しか過ぎていない。この迅速さは評価されるべきだ。だが、映画は設定を大きく変えている。

コロナ禍で住まいと職を失いホームレスになった三知子は、バス停の小さなベンチで夜を明かす日々を送っている。かつて働いていた焼き鳥屋の同僚や女性店長、新たに知り合ったホームレスの男や女たちなどと接点を保ちながら、バス停近くに暮らす中年男の殺意に三知子はまったく気付かない。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米消費者信用リスク、Z世代中心に悪化 学生ローンが

ビジネス

米財務長官「ブラード氏と良い話し合い」、次期FRB

ワールド

米・カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近い ルビ

ビジネス

TikTok巡り19日の首脳会談で最終合意=米財務
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story