コラム

蔓延する憎悪と殺戮 パレスチナで突き付けられる「傍観者でいいのか」という問い

2021年04月07日(水)12時15分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<イスラエル・パレスチナ問題──これまでにも多くの日本人監督がこのテーマに向き合ってきたが、『傍観者あるいは偶然のテロリスト』はその系譜の最新作だ>

イエス・キリストが信じていた宗教は何か。こう質問されたとき、正解を言える日本人は少ない。答えはユダヤ教。キリスト教は彼(ナザレのイエス)が処刑された後に、弟子たちが広めた宗教だ。

なぜイエスは処刑されたのか。形骸化したユダヤ教旧体制を批判したため、ユダヤ教祭司や律法学者から憎悪されたから。つまりキリスト教を信仰する人々にとって、ユダヤ人はイエスを殺害した民族ということになる(イエスもユダヤ人だが)。

だからこそ、アウシュビッツの強制収容所が解放されてホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の実態が明らかになったとき、西側世界の人たちは驚愕しながら萎縮した。なぜならナチスだけではなく自分たちも、何世紀にもわたってユダヤ人を差別し、迫害してきた加害者であるからだ。

第2次大戦後にユダヤ人は約束の土地に自分たちの国を建設し、強い被害者意識は過剰な攻撃性へと転化して、以前から居住していたパレスチナの民を差別し迫害する。虐殺もあった。しかし国際社会は黙認する。アラブ世界は怒る。中東戦争が何度も起きるが、アメリカの軍事的庇護を受けるイスラエルは近代兵器を駆使して勝利し続ける。

だからこそアラブ各国はイスラエルと同時にアメリカを仮想敵と見なし、国際テロ組織アルカイダは2001年にアメリカを攻撃する。

......この複雑な問題について、この字数でまとめるには無理がある。

でもこれだけは知ってほしい。世界に憎悪と殺戮が蔓延する要因として、イスラエル・パレスチナ問題の影響は大きい。ユダヤ人が加害されたホロコーストやナチスの映画は、一つのジャンルといえるほど毎年量産されるが、そのユダヤ人が加害する側となった現在進行形の問題に対しては、少なくともハリウッドは拮抗できていない。

ただし『テルアビブ・オン・ファイア』『オマールの壁』など、イスラエルやパレスチナのフィルムメーカーによる佳作は少なくない。そして若松孝二、足立正生、広河隆一、古居みずえ、土井敏邦など多くの日本人監督がこの問題についてのドキュメンタリー映画を発表している。

『傍観者あるいは偶然のテロリスト』はその系譜の最新作。監督の後藤和夫はテレビマン時代、第2次インティファーダで紛争が続くパレスチナに足を運び、取材と撮影を続けた。退職後の2018年、東京・豊島区に友人たちとミニシアター「シネマハウス大塚」を設立し、上映活動を続けながら再びパレスチナを訪れる。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

IMF、中東・北アフリカの2025年成長率予測を大

ワールド

トランプ政権の「敵性外国人法」適用は違法 連邦地裁

ビジネス

伊藤忠商事、今期2.2%増益見込む 市場予想と同水

ワールド

米予算教書、FBIや麻薬取締局の予算削減と関係筋 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story