コラム

「反日映画」と呼ばれても... 復讐劇『アジアの純真』は萎縮も忖度もしない

2020年10月13日(火)10時45分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<チマチョゴリを着た女子高生と思いを寄せる主人公。通学途中に若い男たちに刺殺されてしまう彼女には双子の妹がいた。報復を決めた妹と主人公の男子高校生によるテロの旅。標的にしたのは>

タイトルが示すように、この連載は邦画がテーマだ。僕自身の選択ではない。長岡義博編集長の意向だ。

邦画についての連載を依頼されたとき、正直に書けば少しだけ困惑した。なぜなら僕は、どちらかといえば洋画派だ。邦画はあまり観ない。

数年前に酒の席で一緒になった同世代の映画監督は、「最近はオリジナルの企画はほぼ通らない」と、ため息をついていた。企画を通すための条件は2つ。主演にアイドル系の(客が呼べる)俳優をグリップしていること。アニメやコミックが原作であること。要するに大人が満足できる内容じゃない。そう説明してから彼は「だから今、邦画は世界で競争力がほとんどない。何よりも俺は、そんな映画を撮りたくてこの仕事を選んだわけじゃない」とうなだれた。

ただし、もちろんだけどアイドル系俳優が出演していて、原作をアニメやコミックに限定した邦画ばかりではない。どちらかといえば低予算のインディーズ映画に多いけれど、オリジナル企画もたくさんある。要するに僕がサボタージュしていただけなのだ。それに一昔前(つまり僕が映画青年だった頃)の邦画は刺激的だった。ならばその記憶と貯金で書けるかな。そんな思いで連載を引き受けた。

さすがに最近は、意識的に邦画を観るようになった。そして観るべきだったのに観ないままだった映画がたくさんあることに気が付いた。

『アジアの純真』の公開は2011年。タイトルは知っていたから、大ヒットしたPUFFYの同名曲の安易なパクリ、あるいは2人が主演のプロモーション的な映画を想像していたような気がする。でも実際に見たら土下座してわびても追い付かないほど、全く想像を超えていた。

映画の時代背景は、小泉純一郎首相が平壌を訪問して拉致問題が大きく前景化した2002年。主人公の高校生が思いを寄せる女子高校生が、通学途中に日本人の若い男たちに因縁をつけられて刺殺される。なぜなら彼女はチマチョゴリを着ていた(つまり朝鮮学校の生徒だった)から。現場には通勤や通学途中の多くの日本人がいた。でも誰一人として、チマチョゴリを着た彼女を救おうとはしなかった。群衆の中には、彼女に思いを寄せる男子高校生の姿もあった。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ビジネス

アルコア、第2四半期の受注は好調 関税の影響まだ見

ワールド

英シュローダー、第1四半期は98億ドル流出 中国合

ビジネス

見通し実現なら利上げ、米関税次第でシナリオは変化=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story