コラム

野菜の銃とヤギの世話? 現代アーティスト小沢剛の作品が秘めた意図とは?

2022年08月04日(木)11時10分

グローバルに活躍した近現代の人物をベースに、事実と虚構を交えた「想像上の人物」の物語を発展させ、多様なメディアで構成される本シリーズは、2013年にアフリカ開発会議に関連する展覧会のために、野口英世を題材にガーナと福島を繋ぐ形で制作された《帰って来たDr. N》(以下、シリーズ名を省略)から始まる。

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《帰って来たDr. N》 2013年 M+(香港)蔵(撮影:木奥恵三)

そして、戦後70年にあたる2015年には藤田嗣治とインドネシアを大胆に結びつつ《ペインターF》が、その翌年のさいたまトリエンナーレではジョン・レノンを題材に埼玉とフィリピンの関わりで《J.L.》、2017年のヨコハマトリエンナーレでは横浜生まれの岡倉覚三(天心)のインドへの足跡を追う形で《K.T.O.》が、そして2020年には弘前生まれの寺山修司とイランの関係を元に《S.T.》が生み出された。

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《帰って来たK.T.O.》(部分)2017年(撮影:椎木静寧)

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《帰って来たS.T.》2020年 弘前れんが倉庫美術館蔵(撮影:畠山直哉)

2020年、新たに発足した弘前れんが倉庫美術館で筆者が企画したこれら全5作を概観した個展「オールリターン 百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」の準備の際、小沢はこのように語っていた。

「『帰って来た』とは、遠くの地に暮らす人たちとしっかりと関係性を結び、自分が深く関わる文化と他者の文化の接点を全力で見つめ合い、美術史や西洋的なアカデミック体系の物差しを経由せずに、当事者同士で築いた双方向の関係性でつくり上げる行為だ」

それは、かつて道なき道を模索し切り拓いていった先人たちに敬意を払いつつ、あまり知られていない人間味溢れる、悩みや不完全さを内包する個人の生に眼を向け、架空の人物という第三者の視点を借りて、歴史を異なる見方で捉え、戦争や原発問題、発展の失敗といった負の歴史ともいわれる複雑な問題への芸術を介した新たなアプローチを生み出そうとする試みであった。

地蔵からヤギへ

そしてコロナ禍の2020年末、小沢は、今度は人間ではなく、ヤギの視点で人間社会を見つめるべく、2匹のヤギを自身が教鞭をとる茨木県取手市の東京藝術大学のキャンパスに迎い入れた。

この「ヤギの目」プロジェクトでは、学生や教員、地域住民らといった様々な世代・分野の人々が関わり、順番でヤギたちの世話をし、キャンパス内の放置林から切り出した木や竹を用いて、小屋や柵などが作られている。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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