コラム

エンターテインメント空間化する中国のEV

2023年03月07日(火)17時44分

「それすごく便利だね。スマホの地図だと情報が常に最新でしょ。私が日本で乗っている車のカーナビの場合、情報がDVDに入っているから、車を買った5年前の情報のままなんだよ」と私が言う。

「それってすごく不便じゃない?情報を更新できないの?」と李さんが聞いてきた。

「いや、新しいDVDを買えばいいんだけどね。ただ、そのDVDがけっこう高いから買わずに我慢しているんだ。まあ日本の場合、中国みたいに新しい道路がどんどんできたりしないから5年前の情報でもだいたい大丈夫だよ」と私は答えた。

「でも日本だって高速道路が新たに開設されたり、延長したりすることはあるでしょ。せっかく高速道路があるのにカーナビが一般道を行けと指示したら腹が立たない?」と李さんがさらに聞いた。

「いや、私は目的地への最適経路は出発前にパソコンやスマホで調べておいて、カーナビは車の現在地を確認するための地図として使うだけだから。たまに、完成したばかりのピカピカの道路を走っている時に、カーナビ上では道なき山中を走っているように表示されて笑える、というぐらいのことだよ。でも出発前にスマホで調べた経路がそのまま車上のカーナビに反映されるんだったらそれはすごく便利だよね」と私は答えた。

「そんなこと、技術力の高い日本の自動車メーカーだったら簡単にできそうだけど、なぜやらないの?」と李さんが聞いた。

「私は自動車メーカーの社員じゃないからわからないけれど、むかし日本のある自動車メーカーは車をインターネットにつなぎたくないんだ、という話を聞いたことがある」と私は答えた。

「へえ、自動車産業の進む道はCASE、すなわちConnected(ネット接続)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)だと聞いたけど、日本の自動車メーカーはCとEには背を向けているわけね」と李さんは言った。

「残念ながらその通りだと思う。2019年の年末だったか、家でNHKを見ていたら、割とよくメディアに出てくる自動車産業アナリストが『日本の自動車産業は、世界のEVシフトを遅らせろ』と言い放っていて私は呆れたよ。日本の自動車メーカーたちだけの力で、世界の自動車需要が向かう方向をどうこうできるというその夜郎自大な認識にも驚いたけど、そもそもEVシフトが低炭素化を進めるためであるということを彼はわきまえていない。彼が言っていることは、要するに、『日本の自動車産業の利益のために、自動車がガソリンをバカバカ消費し続ける状況を維持せよ』という意味だからね」と、私は言いながらだんだん腹が立ってきた。

そうこうしている間に、車は高速を下り、一般道へ入った。その道は渋滞していた。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ガザ「大量虐殺」と見なさず ラファ侵攻は誤り=

ワールド

中韓外相が会談、「困難」でも安定追求 日中韓首脳会

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、今週の米経済指標に注目

ビジネス

米国株式市場=S&P横ばい、インフレ指標や企業決算
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 8

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 9

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story