コラム

アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?

2021年01月20日(水)13時12分

以上がアントのこれまでの歩みであるが、ここまでの話であれば、アントはとてもイノベーティブな企業のように見え、株式を上場するのに支障がないように思える。アントはたしかに政府の規則が出るのを大人しく待っているような企業ではなく、常に規制の斜め上を行くようにグレーゾーンに分け入る大胆さをみせてきた。他方で、アントは零細企業の振興という課題に一貫して取り組み、他の金融機関にはできない貢献をしてきた。零細企業(「小微企業」)の振興は中国政府にとって重要な課題だと認識されており、アントの貢献は政府からも評価されてきた。

ところが、上場延期後の報道は今まで知られていなかったアントの別の顔を明らかにした(『21世紀経済報道』2020年11月3日、11月5日、11月9日)。アントの収入の39%は融資業務から来ているが、融資残高の8割に当たる1兆7000億元(約27兆円)は消費者向けで、零細企業向けは2割に過ぎない。そして消費者向け融資額のうち実に98%は、アント自身が資金を出しているのではなく、提携先の銀行が出しているというのである。すなわち、アントは銀行に融資業務を仲介したり、銀行にABS(資産担保証券)を購入させる形で資金を出させているという。

アントの消費者向け融資とは、消費者がアリババの電子商取引サイトで商品を購入する時に、後払いにしたり、分割払いにできる、というものである。そこでは、かつてアリババが大手国有銀行と組んで失敗した零細企業向け融資のモデルが再現されている。すなわち、アリババが融資相手を紹介し、そのデータを提供し、銀行が金を貸すというパターンになっている。

利益は自分、費用は銀行に

但し、大手国有銀行と提携した2007年頃とは違って、アントは今では巨大な金融プラットフォームであるのに対し、提携先の銀行は中小銀行である。そしてアントはどうやら優越的地位を利用していて、提携先の銀行には融資案件の8割以上は審査を通せと圧力をかけているらしい。

銀行が融資をするには、自己資本比率が規制基準を下回らないように資本を積み増し、貸し倒れ引当金も積まなければならないが、そうした融資に関する負担は銀行に押し付けられている。アントは右から左へ融資案件を回すことで「技術サービス料」として6~7%の利子収入を得る一方、提携先の銀行は2〜3%の利子収入しか得られない。

このように、アントと中小銀行との提携関係においては、融資の利益の多くはアントが受け取り、融資のリスクとコストは銀行が負担するという非対象な関係になっている。アントは融資が増えれば増えるほど儲かるし、リスクも負わなくて済むので、質の悪い融資案件までも銀行に押し付けてくる可能性がある。アントは、データを使って融資先の信用状況を調査するのだといっているが、リスクとコストを負わなくていい状況のもとで、果たして慎重な調査が行われると期待できるのか心もとない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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