コラム

繰り返される日本の失敗パターン

2020年05月02日(土)17時15分

たとえば、私自身の例でいうと、ふだん至近距離で他人と接触する機会の大半は往復の電車通勤でのものなので、電車通勤をやめてクルマで出勤すれば他人との接触の8割削減が実現できるのではないかと思ってしまう。もちろん私はそのような解釈をして行動しているわけではないが、「人との接触を8割削減」という戦略にはそうした解釈の余地を残してしまう。

安倍首相は4月22日に発したメッセージで「都市部では(現状では)人の流れが平日は6割減、休日は7割減で、接触機会の8割削減にはさらなる努力が必要です」と述べた。この発言には「人の流れ」と「接触機会」との混同があり、最高指揮官の安倍首相でさえ戦略をクリアに理解していないことがわかる。

「人の流れ」と「接触機会」が異なることは、2人で飲み会をやる場合と10人でやる場合とを考えてみればよい。10人で飲み会をやれば2人の場合より外出する人の数は5倍に増えるが、接触機会は45倍にもなる。なぜなら、2人ならば接触機会は1回だが、10人の飲み会となると、自分自身が9人と接するだけでなく、他の9人も相互に接するからである。これは10人から2人を選び出す「組合せ」の問題であり、その答えは45回である。外出する人数が何千、何万となると、nC2≒n2乗/2となるので、接触機会を8割削減、つまり5分の1にするには、人の流れを√5分の1に、すなわち55%ほど削減すればいいことになる。もし外出人数が7割削減されているのであれば、人と人との接触機会は91%も減っている計算になる。

私は何も外出人数を55%削減すればいいと主張したいわけではない。「接触機会」という概念は首相でさえ正しく理解していないし、「人の流れ」とは異なってデータで検証することも簡単ではないので、理論疫学の計算で使うにとどめ、政府が掲げる戦略とすべきではないといいたいのである。政府が国民にメッセージとして発する戦略は誰でも理解しやすく実行可能なもの、すなわち「外出は一日一回、生活必需品の買い物のみに限定しましょう」「散歩やジョギングのため公園に行ってもいいですが、他人との距離は2メートル以上保つようにしましょう」「年老いた両親に会いに行くのはやめましょう」「オフィスではテレワークを推進し、出勤人数は7割以上削減しましょう」といったメッセージで十分である。

2.役に立たない兵器

太平洋戦争中の旧日本軍の秘密兵器に「風船爆弾」というものがあった。和紙で作った直径10メートルの気球に焼夷弾をつけてアメリカに向けて飛ばして攻撃するもので、約9300個放たれたうち、実際にアメリカに到達して爆発したものはわずか28個、6人にケガを負わせ、小さな山火事を2件起こすという「戦果」を挙げるにとどまった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、不可欠でない職種で採用凍結 競争

ワールド

ウクライナ南部ガス施設に攻撃、冬に向けロシアがエネ

ワールド

習主席、チベット訪問 就任後2度目 記念行事出席へ

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の過半数が支持=ロイター
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 7
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 8
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 9
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 10
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story