コラム

人民元安をもたらしたのは当局の操作か、市場の力か?

2019年08月10日(土)13時00分

その様子を2015年から今日までの為替レートの動きから見てみよう。図1は2015年2月から2019年6月までの人民元の対ドル為替レート(右目盛)と、中国人民銀行の外貨準備が毎月どれぐらい増減したか(左目盛)を示したものである。

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2015年8月に中国は為替レートの決定方法を改革し、前日の終値と外貨需給に基づいて基準値を定める方法に変更した。この改革によって為替レートは以前よりも大きく変動するようになった。しかし、当局にとって悩ましいことに、この改革を行ったとたん、元安が進むとの期待が高まってしまい、当局は人民元の防衛に立ち回らざるを得なくなった。中国人民銀行は、資本の流出を抑えるために対外投資や対外送金に一定の制限を課す一方、外貨の売買を通じて為替レートを調整したようだ。

中国人民銀行の為替介入の様子を図1で見てみよう。図で緑色の棒がゼロより下に伸びているのは、中国人民銀行の外貨準備が前の月よりも減少した額を示している。2015年8月や2015年11月、12月、2016年1月は為替レートが元安方向(赤い線が上方向)へ動いたが、この期間には1か月900~1000億ドルの規模で外貨準備が減っている。つまり、人民銀行がそれだけの規模で米ドルを売って人民元を買ったことを意味する。

2016年10月から12月にかけても人民元の為替レートが1ドル=7元に迫る勢いで急落したが、この時も月に400~700億ドルの規模で人民銀行がドル売り元買いを行い、7元割れを防いだことが図1から読み取れる。

米中交渉の決裂で変わった?

2017年に入ると今度は一転して元高の傾向が強まる(赤い線が下向きに動く)が、中国人民銀行はドルを買って人民元を売っており、行き過ぎた元高に歯止めをかけようとした。2018年8月から10月にかけて再び1ドル=7元に近づいていくが、この時も人民銀行がドルを売って元を買い、7元割れを防いでいる。

総じていえば2015年8月から2018年末までは為替レートが元安に向かっているときは人民銀行は為替レートを下(=元高)方向へ引っ張ろうとドル売り元買い(図1の緑の棒がマイナス)を行い、元高に向かえば、為替レートを上(=元安)方向に引っ張ろうとしてドル買い元売り(緑の棒がプラス)を行っている。

ところが、図1の2019年5月、6月を見ると、為替レートは元安傾向なのに緑の棒がプラスとなっている。つまり、人民銀行が元安傾向を軽くプッシュしているように見える。5月初めに米中交渉が決裂してアメリカが関税を引き上げており、この時から元安への緩やかな誘導が始まったというのはありうるシナリオである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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