コラム

人民元安をもたらしたのは当局の操作か、市場の力か?

2019年08月10日(土)13時00分

さて、2008年以来の元安というと、中国が景気回復のために輸出攻勢をかけてくるのではないかという警戒感を巻き起こすかもしれない。だが、現在の1ドル=7元は2008年の頃よりも実質的にはかなり元高になっていることに注意する必要がある。

例えば日本からアメリカに車を輸出するとして、為替レートが10年前は1ドル=150円、いまは1ドル=100円だとしよう。自動車メーカーは「円高になって大変だ」というかもしれないが、本当に大変になったかどうかは、日本とアメリカの物価の変動を考えないと正しい結論は得られない。もし日本の物価は変化がないが、アメリカは物価水準が10年間に3倍になったとすれば、10年前にアメリカで1万ドルだった車は現在は3万ドルになっているはずである。すると、10年前は車1台輸出して売上150万円だったのが、いまは300万円になっており、円高で大変などころか、以前よりもすごく楽に輸出できることになる。

このように為替レートが本当の意味で高くなったのか安くなったのかを判断するためにはレートそのものだけでなく、自国と輸出相手国の物価の変化も考慮に入れないとならない。

こうした考えに基づいて計算されるのが「実質実効為替レート」という数字である。日本の場合は国内の物価はデフレといわれるぐらいずっと安定していた。一方、アメリカや中国など日本の主要な貿易相手国では物価がけっこう上がっている。そのため、2018年の円の対ドル為替レートは110円、2000年の為替レートは108円で、表面上はほとんど同じであるが、実質的にはものすごく円安になっている。2018年の1ドル=110円というのは2000年を基準にすると1ドル=182円に相当するほどの超円安である。現在の企業経営者が「1ドル=110円を超えて円高になったら大変だ」などと言おうものなら、18年前の経営者から「甘えるな」とビンタを食らうことであろう。

一方、中国においては、過去6年ぐらいは国内の物価上昇率の方が輸出相手国の物価上昇率より高いので、実質実効為替レートは上がる傾向にある(図2)。2008年と2019年8月は同じ1ドル=7元だといっても、2019年の1ドル=7元は2008年の1ドル=5.9元に相当するぐらいの元高である。実質的に2008年並みの元安にしようと思ったら、1ドル=8元を超えるぐらいの元安にする必要がある。そこまで下がればアメリカの25%の関税もほぼ相殺できる。日本円の対ドル為替レートが来た道を思えば、その程度の為替変動も十分ありうる。

chart2.jpg

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story