コラム

オーダーメイドのスーツを手頃な価格で――「マス・カスタマイゼーション」で伸びる中国のアパレルメーカー

2016年12月15日(木)16時46分

 中国では賃金が年々上がっており、報喜鳥集団の工場でも一般ワーカーの手取り賃金が月5~6万円ぐらいになっています。アパレル縫製業は労働集約的な産業の代表格ですから、中国で賃金が上昇すればより低賃金の国に衣服工場が移転する流れになるのは当然のことです。報喜鳥集団でも工場の労働者集めに苦労しており、工場の海外移転の可能性を検討したこともあるそうです。しかし、店で注文を受けてから生産する受注生産で迅速に品物を消費者に届けるには中国国内に工場があったほうが有利です。工場を海外に移転し、低賃金を利用した大量生産を続けるか、自動裁断機など省力化設備を導入し、マス・カスタマイゼーションによって作りすぎの無駄を減らすとともに付加価値を高めるかという選択を前にして、報喜鳥集団は後者を選択したわけです。

 労賃の急上昇によって中国の産業では、従来の労働集約的な技術を転換し、ロボットや自動裁断機などの資本・技術集約的な技術の導入が進んでいます。中国の産業がそうした転換期にあるからこそ、「インダストリー4.0」のさまざまなアイディアに対して積極的に反応する企業が多いのでしょう。

 紳士服ばかりでなく、婦人服や靴などでも、もしマス・カスタマイゼーションが実現したら大きな市場が開けるように思います。仮に既製服や既製の靴より1~2割値段が高いとしても、自分の体形、足型、好みにピッタリ合った服や靴が手に入るとしたらそちらに流れる消費者も少なくないのではないでしょうか。

日本ではとうにやっている、という勘違い

 実は、日本でもマス・カスタマイゼーションを実践している紳士服メーカーがあることに最近気づきました。発注から納品までのリードタイムは国内の工場で作ってもらう場合でも2週間以上で、報喜鳥集団より長いですが、服のお値段は既製服に比べてそれほど高くありません。しかし、日本ではやはり既製服の方が圧倒的に主流で、マス・カスタマイゼーションが大きな流れになっているとはいえません。報喜鳥集団の場合も、売上は会社の地元の温州市と上海市にかなり偏っており、中国全土で人気が高まっているとまでは言えないようです。

 それでも「インダストリー4.0」のアイディアと無線タグなどの最新技術を顧客満足の向上につなげようという報喜鳥集団の進取の姿勢には感心しました。「インダストリー4.0」はドイツ政府・産業界のプロパガンダだという見方は一面の真実を突いてはいるものの、「そんなことは日本ではずっと前からやっている」と見下すばかりでは何も学ぶことができないでしょう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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