コラム

「東アジア共同体」を夢想する

2016年09月01日(木)17時00分

 愚考するに、2度にわたる大戦争への反省といった政治的理由もさることながら、ヨーロッパの構成メンバーの「粒が揃っていた」こともEUの形成へ各国が積極的になれた重要な要因ではないかと思います。EUの前身であるEEC(ヨーロッパ経済共同体)の発足時のメンバーを考えてみると、西ドイツ、フランス、イタリアという3大国とベネルクスの3小国があり、いずれの国も域内総人口の3分の1を超えませんでした。それ以来、加盟メンバーは増える一方ですから、結局一つの国の人口が全体の3分の1を超えることはありませんでした。

 東西ドイツの統一によってドイツが突出した力を持つようになったと警戒する向きもありますが、2015年現在、ドイツはEU全体のGDPの21%、人口の16%を占めるのみであり、EU議会の751議席のうち96議席を持っているにすぎません。いわば「小粒」の国の寄せ集めだからこそ、どこかの国に引きずられるという警戒心を持たずに多くの国が主権を一部放棄してまでEUへの加盟に乗り出したのでしょう。

ヨーロッパの国々は大小粒ぞろい

 その観点から東アジアをみると、まず国々の粒が全く不揃いであることに気づきます。2015年の人口をみると、中国(大陸)が一国で東アジア全体の61%を占めてしまっています。ちなみに、ここでは東アジアをASEANの10カ国に日本、中国、韓国、北朝鮮、台湾、香港、マカオを加えた範囲とします。台湾、香港、マカオは独立した「国」ではありませんが、東アジア共同体を作る際には中国の一部としてではなく、独自の身分でメンバーになる可能性があると考えて別立てにしました。また、東アジア共同体が仮にできるにしてもずいぶん先の話でしょうから、それまでに朝鮮半島の和解、さらには南北統一が実現している可能性もにらみ、北朝鮮も東アジアの範囲に入れてあります。

 中国が一国で東アジアの人口の6割を占めているので、仮にEUのように議会の議席数を人口比で配分するとしたら、「東アジア議会」では中国が単独過半数ということになってしまいます。逆に一国一票にしたら中国にとってはきわめて不利になります。共同体を作るときに、どのようなルールで意志決定を行うかがきわめて頭の痛い問題となります。

 もう一つ、東アジアが不揃いな点は、一人あたり所得のばらつきが大きいことです。ヨーロッパの場合、EEC時代の1960年時点で、一人あたりGDPが最高だったのはフランスで1338ドル、最低はイタリアの804ドルで、変動係数(=標準偏差/平均)を計算すると19%ということになります。2004年以降、EUは一人あたりGDPが低い中東欧諸国を加えたので、変動係数は大きくなりますが、それでも2015年時点で55%です。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-〔アングル〕日銀、柔軟な政策対応の局面 米関

ビジネス

3月完全失業率は2.5%に悪化、有効求人倍率1.2

ビジネス

トランプ氏一族企業のステーブルコイン、アブダビMG

ワールド

EU、対米貿易関係改善へ500億ユーロの輸入増も─
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story