コラム

模倣(パクリ)は創造の始まり――マイセン磁器の歴史

2016年07月07日(木)19時30分

 興味深いことに、最初はニセ・チャイナ作りからスタートしたマイセン磁器製作所ですが、早い時期から自らの技術の盗用防止には熱心でした。1710年に丘の上の城に工場を移したのも従業員を通じて技術が外に漏れることを防ぐためでした。しかし、1719年にはさっそく製陶技術が漏れてしまいました。その後もヨーロッパ各地でニセ・マイセン磁器がたびたび出現しますが、マイセン磁器製作所はニセモノとの違いを出すために1722年から二本の剣が交差したマークを磁器に描きはじめ、さらにドイツで商標法が施行されると真っ先に商標登録をしました。

 マイセン磁器は創業から300年経つ今日においても高級磁器としての名声を世界にとどろかせています。その成功の理由を私なりに考えてみると次の3点が挙げられるのではないかと思います。

 第一に、初期に中国や日本の磁器を完璧に模倣したことです。安易に外見だけ似せて簡単にお金を稼ごうとするのではなく、ヨーロッパの原料を用いて質感や色彩、さらに絵柄に至るまで根本から再現できるまで努力を続けたことで、その後の創造的な展開が可能になったのだろうと思います。

産業集積には欠点も

 第二に、技術の流出を防ぎ、マイセンを産業集積にしなかったことです。中国の陶磁器の産地、たとえば景徳鎮や宜興をみると、どこも多数の窯元が集まった産業集積になっています。中には優れた高級品を作る窯元もある一方で、産地の名声に便乗して安物を作る窯元も出てきます。そのことは産地全体の生産と雇用を拡大するにはいいのですが、結果的にいまやただ「景徳鎮産」「宜興産」というだけでは何の価値もなくなってしまいました。

 一方、マイセンは産地名であると同時に18世紀から今日まで国立マイセン磁器製作所が独占する商標でもあるため、「安いマイセン焼」が出現することはなく、ブランド価値を維持できました。

 第三に、常に進取の気性に富んでいたことです。1740年代からマイセンはヨーロッパの芸術の要素を取り入れて独自の世界を切り拓いていきました。その後も18世紀後半にはウェッジウッドの技術を取り入れてみたり、19世紀には中国の結晶釉の技法やアラブの意匠を取り入れたり、20世紀には現代アートを取り入れたりしてきました。今日では中東の芸術家たちとのコラボレーションをしています。

 マイセンは中国をキャッチアップするところから出発しましたが、300年を経た今日を見ると、中国の産業発展とは対照的な歩みをしています。改革開放以来の中国は模倣することにもされることにも寛容だった結果、生産と雇用の急拡大に成功しましたが、ここからはマイセン磁器製作所のように300年続く企業は生まれてこないでしょう。外延的発展から持続可能な発展へ転換できるのかが問われています。

注)今回の内容は、Juergen Helfricht, A Small Lexicon of Meissen Porcelain. Husum, 2012, およびドレスデンのツヴィンガー宮殿、マイセン磁器製作所、アルブレヒト城の展示の説明書きを元にしています

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ロ首脳、15日にアラスカで会談 ウクライナ戦争終

ビジネス

トランプ大統領、内国歳入庁長官を解任 代行はベセン

ビジネス

アングル:米関税50%の衝撃、インド衣料業界が迫ら

ワールド

プーチン氏、中印首脳らと相次ぎ電話会談 米特使との
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 3
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トップ5に入っている国はどこ?
  • 4
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 7
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 8
    今を時めく「韓国エンタメ」、その未来は実は暗い...…
  • 9
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 10
    パリの「永遠の炎」を使って「煙草に火をつけた」モ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 9
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 10
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story