コラム

模倣(パクリ)は創造の始まり――マイセン磁器の歴史

2016年07月07日(木)19時30分

 チルンハウスは翌1708年に亡くなってしまいますが、ベトガーはその後も研究を続け、1709年についにドイツの陶土によって白い磁器の開発に成功します。翌1710年からベトガーらの磁器工房はマイセンの小高い丘の上に築かれたアルブレヒト城に移され、その工房に1720年から絵付師のヘロルトが加わったことでマイセンは磁器製作所としての名声を高めていきます。ヘロルトの何が優れていたかというと、彼は完璧に中国風や日本風の絵柄を書くことができたのです。

 下の写真の左側は、ヘロルトが絵柄を描き1730年にマイセンで制作された磁器です。中国風の人物や植物や鳥があしらわれていて、素人の私から見れば、中国・景徳鎮産の磁器だと言われたら何の疑いも持たないぐらいの完璧な模倣品、ニセ・チャイナだと思います。

yukawa0707-pics.jpg

 ヘロルトの指導の下で、マイセンでは1725~30年頃に中国の磁器や古伊万里、柿右衛門に似せた磁器が盛んにつくられました。つまり、18世紀初頭には中国と日本が磁器の先進国で、ヨーロッパは一生懸命にそれを模倣していたわけです。

なぜ中国の風景にこだわったのか

 気になるのは、ヘロルトらは見たこともない中国の人物や風景をなぜここまで完璧に模倣しようとしたのかです。解説書や博物館の説明書きでは「中国磁器が好きなアウグスト強王が模倣するように命じた」とされています。ただ、もともとこの王立磁器工場はザクセンの国庫立て直しのために始まった事業であることを考えると、磁器を高く売るための模倣ではなかったかと考えられます。売る時に中国産だと偽装したのかどうかわかりませんが、少なくとも中国産だと見えるような磁器を作っていたのはたしかです。

 ベトガーらはまた中国の磁器に特有の青の再現にも取り組み、さまざまなコバルト鉱石を試して1717年には中国の磁器に似た色を出すことに成功します。しかし、その後もなかなか色が安定せず、ようやく1733年になってきれいな青を出すことができるようになりました。

 上の右側の写真はその頃マイセンで作られた器です。よく見ると馬にまたがった男性の服は和服のように見えますが、顔立ち、髪、帽子はヨーロッパ風ですし、左側の二人の人物は中国風です。一つの器のなかに中国、日本、ヨーロッパが同居した、いかにも過渡的な作品です。この頃からマイセン磁器は中国や日本の磁器の模倣を脱して行きました。1740年以降の作品ではヨーロッパの風景や人物や動物を描いたものが主になっていきます。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国、北朝鮮に軍事境界線に関する協議を提案 衝突リ

ワールド

バングラデシュのハシナ前首相に死刑判決、昨年のデモ

ワールド

中国、G20での高市首相との会談拒否 台湾発言を問

ワールド

インタビュー:経済対策、補正で20兆円必要 1月利
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story