コラム

「中華文春砲」郭文貴と、29年成果なしの民主化運動家の違い

2018年06月02日(土)14時25分

筆者(左上)は5月、中国共産党高官の不祥事を暴露し続ける郭文貴と中国のネット番組で対談した 路德訪談-YouTube

<あの天安門事件から29年。なぜこの間、中国の民主化運動は何一つ成し遂げられなかったのか。なぜ今、米在住の大富豪「改革者」郭文貴を共産党は恐れるのか>

間もなく、29年目の「6月4日」がやって来る。1989年6月4日、天安門事件――。私は当時、来日して1年3カ月が過ぎた頃で、新宿歌舞伎町で案内人をしていた。

本コラムを読んでくださっている方ならお分かりだと思うが、あれから私は大きく変わった。著作活動を行い、レストランをオープンし、日本国籍を取り、選挙に立候補した。一方、北京の天安門広場に砕け散った中国の民主化運動はどうか。

皆さんは郭文貴(クオ・ウエンコイ)についてご存じだろうか。

昨年9月のコラム「えっ? 中国共産党が北ミサイルより恐れる『郭文貴』を知らない?」で取り上げたが、米国で実質亡命状態にある中国人大富豪にして、中国共産党高官の不祥事を暴露し続けている人物だ。

習近平の右腕にして「清官」(清廉潔白な官僚)のイメージが強かった王岐山の汚職、さらには有名女優とのセックススキャンダルまで「爆料」(リーク)を続け、全世界の中国人の注目を集めている。

既存の真面目すぎる民主化運動とは一線を画し、下世話な世界から中国の体制転換を目指す。「下(しも)からの改革者」「中華文春砲」とも言うべき存在だ。

彼の影響力は甚大だ。お堅い日本のメディアは民主化、体制転換という話題が下世話な切り口から語られることに違和感を覚え、最近になるまでほとんど取り上げてこなかった。

だが、考えてみてほしい。大上段の理念で人は動くだろうか。革命が起きるのは「明日のパンがない」という経済問題であり、あるいは支配者の汚職や横暴への怒りだ。民衆の怒りに火をつけるのは経済か、あるいは下世話な話題なのだ。

頭でっかちの理念は何も生み出さない。天安門事件から29年間、米政府をはじめ海外から多くの支援金をもらいながらも、何一つ達成できなかった中国民主化運動がこのことを証明している。

郭文貴が自分の支持者を見限り始めた理由

郭文貴はいかがわしい人物かもしれないが、人々の注目を集めて世の中を動かす力を持っている。だからこそ、国外亡命した学生運動リーダーたちの民主化運動については歯牙にも掛けていない中国共産党が、郭ひとりを恐れているのだ。

郭が引き起こしたムーブメントは既に1年以上も継続している。世界中で多くのフォロワー(支持者)が生まれた。日本にも郭文貴日本後援会なるものが存在する。東京の繁華街で街宣活動を行う彼らの姿を見た人もいるのではないか。

最近、郭文貴はこうしたフォロワーたちと一線を画す姿勢を見せている。当初は自らのムーブメントを盛り上げるためには必要だと我慢していたようだが、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。

というのも、結局のところムーブメントを起こしているのは彼個人の力でしかない。フォロワーはいわば金魚の糞で、郭の影響力を利用してやろう、ひょっとしたら大富豪から金がもらえるかもしれない、という汚い魂胆しかないからだ。

民主主義は素晴らしい。しかし、制度を導入すればすぐに民主主義が実現するわけではない。政治制度を支える人間こそが根本だ。中国には民主主義制度がないだけでなく、民主主義を担えるような人間がいないのではないか。それこそが最大の問題だろう。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで

ワールド

クラウドフレアで障害、数千人に影響 チャットGPT

ワールド

イスラエル首相、ガザからのハマス排除を呼びかけ 国

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story