コラム

「孫子の兵法」に学ぶ、詐欺を見抜くための2つの方法 大切なのは「主導権」を握らせないこと

2022年11月24日(木)16時25分

敵のことを知らないために完敗してしまうケースが、「だまし」を用いた犯罪である。前述したように、犯罪に「だまし」は付き物だ。

孫子も、戦争に「だまし」は付き物だと考えた。それを端的に示したのが、「兵とは詭道なり(戦争とはだまし合いである)」というフレーズである。それを踏まえて孫子は、「上兵は謀を伐つ(最上の戦略は陰謀をくじくこと)」と説いている。孫子の教えに従えば、防犯においても、だまされないことは、欠くべからざる要素ということになる。

「主導権」を握ることが何より大切

ではどうすれば、だまされずに済むのか。

孫子は、「善く戦う者は、人を致して人に致されず(巧みに戦う者は、敵を思い通りに動かし、敵の思い通りには動かされない)」と教えている。つまり、「主導権」を握ることが、だまされない決め手になるのだ。

この教えを詐欺に当てはめてみると、詐欺を見抜くため、つまり話の真偽を見分けるためには、次の2点が重要ということになる。


1 自分自身で調べる。
2 こちらから提案する。

犯人が好きな時に、好きな場所から、好きな手段で連絡するのを許していては、「主導権」は犯人に握られたままである。金銭の受け渡し方法も、犯人からの一方的な提案を、そのまま認めていたら、犯人のシナリオ通りになってしまう。

まず、速断や即答を避け、時間を置くことで冷静さを取り戻せる。次に、こちらから電話をかけ直し、自ら金銭の渡し方を提案することで、犯人が描くシナリオから離れ、主導権を奪い返すことができる。

例えば、息子を名乗る男から電話があったとしよう。「電話番号が変わった」と言われても、そのまま受け止めるのではなく、手帳などに記録してある息子の番号にかけ直してみる。本物の息子が電話に出れば、先ほどの電話はウソであると分かる。しかし、「この番号は現在使われておりません」と自動音声が流れれば、先ほどの人物は本物の息子である。

「部下が現金を家まで取りに行く」と言われても、来訪者に手渡せば、犯人のシナリオ通りになってしまう。「分かった。お金は用意する。でも自宅はまずいから、駅前交番の前で待ち合わせしよう」と提案してみる。息子の部下なら取りに来るだろうし、犯人なら現れないはずだ。

ゆめゆめ犯人のペースにはまってはならない。相手が話す内容がウソか本当か見分ける癖をつければ、「だまし」を回避できる。そのためには、日ごろから、自分で情報を集め、自分で判断すること、そして自分から提案することを習慣づける必要がある。

例えば、「本日特売日」「ご当地限定商品」といった宣伝文句にすぐに飛びつくのではなく、本当にそうなのか、インターネットで調べたり、他の店に電話で聞いたりして確認することが望まれる。「主導権」を意識した訓練(習慣)こそ、詐欺に対抗する切り札なのである。

だまされにくい体質になるため、今日から、「自分で調べ、自分から提案する」を実践していただきたい。

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト

ビジネス

米アルファベット、時価総額が初の3兆ドル突破 AI

ビジネス

株式と債券の相関性低下、政府債務増大懸念高まる=B

ビジネス

米国株式市場=ナスダック連日最高値、アルファベット
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story