コラム

いつしか人命より領土を重視...「政治家」ゼレンスキー、「軍人」サルジニー総司令官の解任で戦争は新局面に

2024年02月10日(土)15時51分
領土奪還にこだわるウクライナのゼレンスキー大統領

領土奪還にこだわるウクライナのゼレンスキー大統領(2023年12月) paparazzza/Shutterstock

<戦況が膠着状態に陥ったことを認めるザルジニー総司令官と、ゼレンスキー大統領の路線対立はあらわになっていた>

[ロンドン発]ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は2月8日、「本日、軍指導者を刷新することを決定した」としてワレリー・ザルジニー総司令官を解任し、後任にオレクサンドル・シルスキー陸軍司令官を任命した。領土奪還にこだわる政治家ゼレンスキー氏と、膠着状態に陥ったことを認める軍人ザルジニー氏の路線対立があらわになっていた。

間もなくロシア侵攻から3年目を迎えるに当たり、ゼレンスキー氏は「私たちは最初の1年を耐え抜いた。2年目、黒海と冬を制し、空を再び支配できることを証明した。しかし残念なことに陸では目標を達成できなかった。南部方面での停滞、東部ドネツク州での戦闘の困難さが国民のムードに影を落としている。勝利を口にするウクライナ人は少なくなった」と振り返った。

総司令官を代えるに当たり、ゼレンスキー氏は以下の改善を求めた。
・ウクライナ軍の現実的で詳細な行動計画
・西側から提供された兵器を第一線の戦闘旅団に公平に配分
・ドローンがどこの倉庫に保管されているかを把握して兵站の問題を解決
・すべての将軍が前線経験を持つよう配置
・司令部の過剰人員を整理
・効果的なローテーションを確立
・訓練された兵士だけを最前線に配置

「今年を重要な年にしなければならない。戦争におけるウクライナの目標を達成するための重要な年に。ロシアは独立したウクライナの存在を受け入れることはできない。この2年の経験から平和を引き寄せることができるのはロシアの敗北だけだと確信している」とゼレンスキー氏はロシア軍に占領されている東部、南部、クリミア半島奪還への決意をにじませた。

いつしか人命より領土が重視されるようになった

西側から主力戦車、装甲戦闘車、精密誘導弾、巡航ミサイル、地雷除去機の提供を受け、開始した昨年6月の反攻について現地で戦闘外傷救護の指導に当たる元米兵は筆者に「6週間で大きな局面を迎える」と楽観的な見通しを示していたが、不発に終わった。ロシア軍の分厚い地雷原を破れず、立ち往生したウクライナ軍部隊は大打撃を受けた。

ウクライナ軍は100人単位の戦闘には慣れているが、訓練不足のため機甲師団による大規模な電撃戦で墓穴を掘った。

英誌エコノミスト(8日付)は「ザルジニー解任は戦争の重要な新局面となる。残念だが、ゼレンスキーは誤りを犯す危険がある」と警告している。ザルジニー総司令官が就任したのは戦前の2021年7月。北大西洋条約機構(NATO)基準の導入に前向きだったザルジニー総司令官は軍に巣食うロシア的体質を一掃する格好の人物だった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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