コラム

「プーチンの頭脳」爆殺の意味 ロシア内部崩壊の予兆か、「非人道」兵器使用の口実作りか?

2022年08月23日(火)17時27分

「ドゥーギン氏の思想は1920~30年代の古典的なユーラシア主義者と同様、反欧米、反自由主義、全体主義、イデオロギー、社会的伝統に基づいている。彼のネオ・ユーラシア主義は旧ソ連諸国、社会主義圏を取り込むとともに欧州連合(EU)加盟国を保護領にし、東は満州、新疆、チベット、モンゴルをも吸収することを提案している」(バーバシン氏ら)

「民主主義から権威主義へプーチン氏の保守化によって、ドゥーギン氏は政策について歴史的・地政学的・文化的な説明をロシア指導者が適切に行えるよう『手助け』をする絶好の機会を得た。プーチン氏はドゥーギン氏の思想が一部のロシア人にとっていかに魅力的であるかを認識し、自らの目標を達成するためにその一部を利用した」と指摘している。

爆殺は超国家主義者の口封じか

英紙ガーディアンによると、一部のロシア専門家はドゥーギン氏を「プーチン氏の精神的指導者」と呼ぶ。ドゥーギン氏の悪魔的な思想とプーチン氏の動きはシンクロしているように見える。しかしプーチン、ドゥーギン両氏は一緒に写真を撮ったことは一度もなく、ドゥーギン氏は個人的利益のためにクレムリンに近づくような人物ではないとの声もある。

ウクライナ戦争の死傷者が7万~8万人(米国防総省)に達する中、ドゥーギン氏とダリヤ氏を狙った爆殺事件はあくまでもウクライナ征服を唱える超国家主義者や強硬な愛国主義者の口封じなのかもしれない。それとも強硬派と現実派に二分するとされるクレムリンの権力闘争で、強硬派に与するドゥーギン氏とダリヤ氏を一気に始末してしまおうと企んだのか。

ウクライナの特殊部隊やパルチザンがプーチン氏のお膝元で破壊工作を実行するのは至難の業だ。ウクライナ独立記念日を前に南部ヘルソンやクリミア半島で補給路の橋や弾薬庫、軍用空港、黒海艦隊司令部への攻撃を強めるウクライナに非人道的な兵器や手段を使う口実をデッチ上げるためのロシア側の偽旗作戦の可能性も否定できない。

事件の背景は分からない。しかし、14年以降ロシアが占領するクリミア半島だけでなく、モスクワの親プーチン派の安全すら保障できなくなってきたとしたらウクライナ戦争が大きな転換点を迎えていることを意味している。プーチン氏の足元が瓦解し始めたのか、それともロシア国内の反戦・反プーチン派一掃の口実を作ったのか、注視する必要がある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、ETFの売却開始へ信託銀を公募 11月に入札

ワールド

ロシア、元石油王らを刑事捜査 「テロ組織」創設容疑

ビジネス

独ZEW景気期待指数、10月は上昇 市場予想下回る

ワールド

仏予算は楽観的、財政目標は未達の恐れ=独立機関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story