コラム

「プーチンの頭脳」爆殺の意味 ロシア内部崩壊の予兆か、「非人道」兵器使用の口実作りか?

2022年08月23日(火)17時27分

そのため今年3月と7月に、ロシアの支配層や情報機関の偽情報をばら撒く発信者だとして米国と英国の制裁リストにそれぞれ加えられた。ウクライナ東部はロシア正教への信仰とロシア国籍に基づく「ユーラシア帝国」を受け入れる可能性が高いと唱え、キーウ郊外のブチャで起きた民間人大量虐殺を「演出だ」と公然と否定してみせた。

「米国はあらゆる面で国境を踏み越えている」

ウクライナ戦争の行方とドゥーギン氏とダリヤ氏を狙った爆殺事件は密接に関連している。2000年に大統領に就任したプーチン氏はNATO加盟の選択肢も検討したいとビル・クリントン米大統領(当時)に提案したことがある。当初は経済優先で、原油高に乗じて購買力で見た国民1人当たりの国内総生産(GDP)を2倍以上に引き上げた。しかし暗雲が垂れ込める。

チェチェン制圧とプーチン政権を批判したノーバヤ・ガゼータのジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ氏が06年10月に射殺される。翌11月にはプーチン批判の急先鋒だった元FSB幹部アレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドンで放射性物質ポロニウム210を盛られて毒殺された。この事件はプーチン氏が承認した疑いが指摘されている。

07年、プーチン氏は「米国が経済・政治・文化・教育のあらゆる面で国境を踏み越えている。NATO拡大は相互信頼のレベルを低下させる挑発行為だ」と憤りを爆発させる。08年、ブカレストでのNATO首脳会議でプーチン氏はジョージ・ブッシュ米大統領に「ウクライナは国ですらない」と言い放ち、北京五輪の間隙を突いてグルジア(現ジョージア)に侵攻する。

08年9月のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機で唯一の超大国だった米国の衰退が浮き彫りになり、プーチン氏は米中逆転という地政学上の変動は避けられないと判断したのかもしれない。バラク・オバマ米大統領(当時)がシリア軍事介入を撤回したのを見て、ソチ五輪直後の14年2月、クリミア併合を強行し、ウクライナ東部の紛争に火を放った。

「ウクライナに主権を認めることはユーラシア全体にとって危険」

米外交雑誌フォーリン・アフェアーズは14年3月、モスクワ在住の国際関係研究者アントン・バーバシン氏らの寄稿「プーチンの頭脳 ドゥーギンとクリミア侵攻の背後にある哲学」を掲載している。ドゥーギン氏はプーチン氏と同様、ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的大惨事と主張する超国家主義者で、21世紀初頭から次第に人気を博するようになった。

1997年に『地政学の基礎』を出版、ロシア軍参謀学校の教本にもなった。その中で「ウクライナという国家には地政学的な意味もなければ、文化的な重要性、普遍的な意義、地理的な独自性、民族的な排他性もない。国家主権を認めることはユーラシア全体にとって大きな危険であり、ウクライナ問題の解決なしに大陸政治を語ることは無意味だ」と主張した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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