コラム

「プーチンの頭脳」爆殺の意味 ロシア内部崩壊の予兆か、「非人道」兵器使用の口実作りか?

2022年08月23日(火)17時27分
ダリヤ氏爆殺現場

ダリヤ氏が車ごと爆殺された現場(モスクワ地方捜査委員会のテレグラムより)

<「プーチンのラスプーチン」ドゥーギン氏の娘が爆殺された事件については、ロシア側の偽旗作戦やクレムリン内の権力闘争による暗殺などの説も>

[ロンドン発]ウラジーミル・プーチン露大統領のウクライナ侵攻を支持し、「プーチンの頭脳」と言われたロシアの極右思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏(60)の娘で、ジャーナリストのダリヤ氏(29)が20日、車に仕掛けられた爆弾で爆殺された。ダリヤ氏は偽情報サイトを通じてロシア当局のプロパガンダを垂れ流し、米英から制裁を科せられていた。

22日、ロシア連邦保安局(FSB)は、ウクライナの「アゾフ大隊」に属するウクライナ人女性が関与したとする情報とビデオを公開。女性は7月に12歳の娘を連れてロシアに入国し、ミニクーパーのナンバーを頻繁に変えながら移動し、爆発物を車に仕掛けて爆発させてエストニアに出国したと発表した。ウクライナはロシア側のデッチ上げと即座に否定した。

モスクワ地方捜査委員会は「トヨタランドクルーザーに仕掛けられたとみられる爆発物がモスクワ郊外の公道で爆発し、車が燃えた。運転していた女性ドライバーは現場で死亡、ジャーナリストで政治学者のダリヤ氏と確認された」と発表。TNT火薬400グラム(手榴弾約2個分)の爆発物は運転席側の車底に設置されており、計画的嘱託殺人とみて捜査していた。

ダリヤ氏はドゥーギン氏と一緒に参加した文学音楽祭からの帰り。当初ドゥーギン氏は爆発した車に乗る予定だったが、別の車に乗った。ドゥーギン氏は事件後、「私たちには復讐や報復だけではなく、ウクライナに対する勝利も必要なのだ。だから、どうか勝ってくれ」との声明を発表した。

ロシア侵攻半年の8月24日はウクライナの独立記念日

狙われたのがドゥーギン氏本人なのか、父と娘の2人なのかは分からない。ウクライナ軍情報総局のアンドリー・ユーソフ報道官は米紙ワシントン・ポスト紙に事件についてコメントしないとしながらも「『ルースキー・ミール(ロシア語・ロシア正教圏のロシア世界)』の内部破壊が始まった。『ロシア世界』は内部から自らを食い尽くすだろう」と話した。

ウクライナ大統領顧問ミハイロ・ポドリアック氏も「ウクライナは犯罪国家ではない。爆発と何の関係もない」と関与を否定した。ロシア侵攻から半年の節目に当たる8月24日はウクライナの独立記念日だ。ウクライナ攻撃の口実をデッチ上げるロシア十八番の偽旗作戦なのか、それともクレムリン内の権力闘争に絡む暗殺なのか、真相は分からない。

ダリヤ氏はモスクワ大学大学院(哲学科)を修了、ドゥーギン氏が設立したユーラシア運動(米国主導の自由主義、資本主義に反対するネオ・ユーラシア主義)で政治評論家として活動を始めた。偽情報サイトの編集長としてウクライナ戦争とロシアの侵略を正当化し「ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟すれば、滅びるだろう」とまでほのめかした。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル議会、ヨルダン川西岸併合に向けた法案を承

ワールド

米航空管制官約6万人の無給勤務続く、長引く政府閉鎖

ワールド

米中会談の余地あり、USTR代表 レアアース規制巡

ワールド

ICJ、イスラエルにガザ人道義務順守を勧告 イスラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 6
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 9
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 10
    やっぱり王様になりたい!ホワイトハウスの一部を破…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 6
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story