コラム

NATO加盟で腹をくくったフィンランド、マリン首相はこうして「鉄の女」になった

2022年05月14日(土)15時28分

筆者が4月下旬、フィンランド国防情報トップを務めた元将官にNATO加盟の見通しを尋ねると「99.9%加盟することになる」と答えた。1948年生まれのニーニスト大統領は政治キャリアも45年に達する。方や「インスタ世代」のマリン首相は36歳と若く、軽率な行動で物議を醸すこともあるが、元将官は「首相というポストが彼女を成長させた」と応じた。

NATO加盟をリードし、ウラジーミル・プーチン露大統領と直接やり取りするのはやはり年長者のニーニスト氏。もともとNATO加盟には慎重だったリベラル派のマリン氏は「今議会に加盟申請を提案する可能性は否定しないが、極めて低い」と発言して批判を浴びたものの、ロシア軍がウクライナに侵攻してからは一貫して「鉄の女」ぶりを発揮している。

マリン氏が2019年12月、フィンランドで史上最年少の首相に就任した時、34歳。同国の首相就任時の平均年齢は約52歳だった。当時「世界で最年少の現職首相」(英紙ガーディアン)と報じられた。オンライン百科事典、ウィキペディアによると、今でも世界で3番目に若い国家指導者だ。

「百貨店チェーン、ソコスのレジ係」

その頃、ロンドンにいたフィンランド国営放送(YLE)の政治記者クリスティナ・トルッキ氏はこう書いている。「イギリスは保守党のボリス・ジョンソン首相が総選挙で大勝した話題で持ちきりだった。列車の車掌にサンナの写真を見せると、名前は出てこなかったが、確か世界で一番若い首相ですよねとだけ答えた」

フィンランドの首相官邸には世界中のメディアから400件以上の取材申し込みがあった。マリン氏に付けられたレッテルは「世界最年少の現職首相」「34歳の女性」「貧困家庭の出身」「百貨店チェーン、ソコスのレジ係」。トルッキ記者は「どのようにして低所得者家庭の娘が大学に進学できたの」「なぜフィンランドの政治家は若いの」と質問攻めにあった。

英メディアのお気に入りはマリン氏がサウナでトルッキ記者に政治的野心を隠さなかったという話だ。エストニアの内相は「セールスガールが首相になった」とあからさまに馬鹿にした。17年、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が就任した時、マリン氏より政治キャリアが短かったのに経験不足を指摘する声はそれほど上がらなかったのに。

マリン氏は工業都市タンペレの労働者階級の家庭に生まれた。アルコール依存症の父と離婚した母の次のパートナーは女性だった。「外で家族のことをオープンに話せず、自分は周りからは見えない『透明人間』のように感じたこともある」とマリン氏は地元オンラインメディアに話している。しかし母親は自分が望めば何でもできると信じさせてくれたという。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story