コラム

「歴史の悪魔」を蘇らせるのはトランプ米大統領ではなく、世間知らずのマクロン仏大統領かもしれない

2018年11月13日(火)11時20分

欧州に安定をもたらしたのは欧州統合だけでなく、米国と北大西洋条約機構(NATO)であることを忘れてはなるまい。欧州による「安全保障ただ乗り」はバラク・オバマ前米大統領時代から厳しく指摘されてきた。欧州は独自の軍を作るより、NATOへの負担を増やして欧米の結束を強めるべきだ。欧米の分断は危機を深めかねない。

人口減少と右傾化

平和と繁栄の礎となった欧州統合プロジェクトは単一通貨ユーロ創設とEUの東方拡大、そして世界金融危機を経て逆回転を始め、欧州大陸には怒りと嫌悪、怨念のマグマが爆発寸前まで充満している。2015年、欧州になだれ込んだ100万人以上の難民はスケープゴートにされた。グラフを使って、EUの逆回転メカニズムを説明しよう。

kimura2018111301.jpg

1989年のベルリンの壁崩壊、2004年のEU拡大(東欧・バルト三国10カ国が新規加盟)、08年の世界金融危機から人口が減少した国は10カ国もある。より豊かな暮らしを求めて、東欧やバルト三国、失業率が高い重債務国から若者や優秀な人材がドイツや英国に移動したからだ。

大規模な人口移動は英国のEU離脱の引き金になった。ロシアの脅威に直面するバルト三国や東欧の人口減少は安全保障上のリスクを確実に高めている。債務危機や難民危機でさえ負担を渋った国々が他のEU加盟国のために自国民の血を流す覚悟が果たしてあるのだろうか。欧州の安全保障は相変わらず米国とNATO頼みと言うしかない。

ハンガリーやポーランドの右傾化は人口減少と密接に関係している。リベラルで柔軟な考えの若者が他国に大量に流出し、故郷には保守的な年配者と単純労働者が残される。こうした人たちは自分たちの伝統と文化、社会、価値観を激変させるグローバリゼーションや移民・難民を敵視するようになる。

kimura2018111302.jpg

EUの経済統合ですべての加盟国が豊かになったかと言えば決してそうではない。08年以降、貧困(可処分所得の中央値の60%未満)や、住宅費・燃料費が払えない社会的排除というリスクに直面する人たちが増えたのはEU加盟国の中で13カ国。ユーロ圏全体で見ても貧しくなった人たちが増えている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 7
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story