コラム

「EUから出ると、お化けが出るぞ」と脅され、腰が引け始めた英国

2016年04月28日(木)16時30分

 3月21日、英国産業連盟(CBI)が「英国のEU離脱は2020年までにGDPの最大5%に当たる1千億ポンド(16兆2千億円)と95万人の雇用を失う」と警告。

 3月22日、米格付け会社ムーディーズが「英国経済はEU離脱によって影響を受けるが、その衝撃は小さい。大規模の雇用が失われることはあり得ない」と予測。

 4月12日、国際通貨基金(IMF)が今年の英国の成長率を1月時点の2.2%から1.9%に下方修正。「英国がEUを離脱すれば地域経済と世界経済に深刻な影響を与える」と警告。

 4月18日、英国の財務相オズボーンが「英国がEUを離脱すれば英国の家庭は年4300ポンド(70万円)の減収になる」と警告。

 楽観的なのはムーディーズの調査だけで、あとはかなり悲惨な内容である。しかも、エリザベス女王の90歳の誕生日を祝うため訪英したオバマが共同記者会見や英BBC放送とのインタビューで「友人だから正直に言うが、もし英国がEUから離脱したら、貿易交渉の順番は一番後回しになる」「米国との貿易協定を結び直すのに10年はかかるだろう」と通告した。英首相キャメロンはすでに当事者能力を失っている。これは米国の脅しでもなんでもなく、本音である。英国はEUの中にいてこそ米国の役に立つ「トロイの木馬」だ。英国がEUから飛び出せば、時に激しく対立する恐れが残るドイツやフランスに働きかけるテコを失ってしまう。第二次大戦以来続く「特別な関係」を保ちたければ、どうすれば米国の役に立てるか、くらい自分たちの頭で考えろと突き放したわけだ。

ec.jpg
筆者のインタビューに応じるバローゾ前欧州委員長 Masato Kimura

 ロンドンを拠点に欧州をウオッチし、世界金融危機や欧州債務危機を取材して9年近くがたつ。EUの中で英国がわがままを言い続ける方が欧州は上手く行くというのが私の結論である。欧州には、性格が異なって、それほど仲が良くない英・仏・独という「団子3兄弟」がいて初めて機能するという不思議なバランスが働く。しかし、2つの危機を経て英国とフランスの力が低下し、ドイツの首相メルケルは「欧州の女帝」と呼ばれるまでに存在感を増してきた。英国ですら「離脱カード」を突きつけなければ、EUに相手にしてもらえなくなったのも現実である。

【参考記事】EU離脱か残留か、今もさまよう「忠誠心の衝突」

 これまでの取材で印象に残ったのは、10年にわたってEUの行政執行機関・欧州委員会で委員長を務めたバローゾの言葉である。EUの正当性とは何かと聞かれて、「EUは連邦国家でも、超国家でもない。EUの正当性はそれぞれの国家にある」と認めたことだ。バローゾは欧州債務危機の最中、EUは加盟国による連邦に進化すべきだと主張してきただけに意外な感じがした。英国のEU国民投票に配慮した、極めて分かりにくい欧州特有の政治トークなのか。いずれにしてもEUが連邦制に突き進むのを止めたければ、英国の有権者は国民投票でEU残留を決断し、EUの中から一段と大きな声でわがままを言い続けるしかないと思うのだが......。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

バチカンでトランプ氏と防空や制裁を協議、30日停戦

ワールド

豪総選挙は与党が勝利、反トランプ追い風 首相続投は

ビジネス

バークシャー第1四半期、現金保有は過去最高 山火事

ビジネス

バフェット氏、トランプ関税批判 日本の5大商社株「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 7
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 8
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 9
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story