コラム

もはや中国に「世界の工場」の役割は期待できない──成長鈍化で起きること

2022年06月14日(火)20時30分
中国の工場

WEI DONGSHENGーVCG/GETTY IMAGES

<人件費の高騰で安い製品の大量生産が難しくなった中国は、安い製品を「買う」側の国に。すでに日本国内で生産した方が安くなるケースも>

このところ、全世界的なインフレ懸念が高まっている。2021年後半から原油価格が大幅に上昇していることや、ウクライナ情勢を受けて食糧不足が深刻になっていることなどが背景とされる。確かに両者がインフレの主犯であることは間違いないが、今後、さらに大きな要因が加わる可能性が高まっている。それは中国の構造転換である。

中国は過去10年、平均7%の成長を実現しており、多くの調査機関が2030年前後に米中の経済規模が逆転し、中国が世界最大の経済大国になると予想している。

一方で、中国は成長率の鈍化という大きな問題に直面しつつある。成長率が鈍化しているのは、社会が豊かになり、途上国としての成長力が失われたからである。社会が成熟化し、成長率が鈍化することを「中所得国の罠」と呼ぶが、成長を実現した多くの国が経験する出来事といってよい。

しかしながら、中国は安価な労働力を武器に、大量の安い製品を輸出してきた「世界の工場」である。こうした国の成長が止まることは各国経済に極めて大きな影響を与える。中国の1人当たりのGDPは日本の約3分の1しかないが、それは内陸部など所得が著しく低い地域が平均値を押し下げているからである。中国の都市部では既に日本と同レベルの豊かさを実現しており、それに伴って人件費も高騰している。

成長率の鈍化を警戒し「双循環」への移行が進む

生産を1単位増やすのに必要な労働コストのことをユニット・レーバー・コスト(ULC)と呼ぶが、実は現時点で既に中国と日本のULCはほぼ拮抗しており、場合によっては日本で生産したほうが安上がりなケースも出てきている。つまり中国はもはや低価格な製品を大量生産する国ではなくなっているのだ。

中国政府は社会の成熟化とそれに伴う成長率の鈍化について強く警戒しており、経済政策の転換を進めている。具体的には、高成長を前提とする輸出主導型経済から、国内の消費を主軸とする内需主導型経済へのシフトである。

中国政府は、外需に加えて内需を成長の柱に据えるという意味で、新しい経済構造を「双循環」と呼んでいる。もし中国が本格的に双循環経済への転換を進めた場合、最も大きな影響を受けるのは、中国製の安い工業製品に依存してきた西側諸国だろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナの平和維持部隊駐留、ロシアに拒否権なし=

ビジネス

中国新築住宅価格、2月は前月比0.1%下落 需要低

ビジネス

中国、株式市場の偽情報対策を強化 AI利用で拡散し

ワールド

ゴールドマン、今年と来年の原油価格見通し引き下げ 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自然の中を90分歩くだけで「うつ」が減少...おススメは朝、五感を刺激する「ウォーキング・セラピー」とは?
  • 2
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 3
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴された陸上選手「私の苦痛にも配慮すべき」
  • 4
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 5
    エジプト最古のピラミッド建設に「エレベーター」が…
  • 6
    『シンシン/SING SING』ニューズウィーク日本版独占…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 8
    奈良国立博物館 特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」…
  • 9
    鈍器で殺され、バラバラに解体され、一部を食べられ…
  • 10
    劣化ウランの有効活用にも...世界初「ウラン蓄電池」…
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 3
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 4
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 5
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 8
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 9
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 10
    中国中部で5000年前の「初期の君主」の墓を発見...先…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story