コラム

給料前払い制度の急拡大が意味すること

2018年01月23日(火)13時00分

以前から給料を前借りする浪費体質の人は一定数存在していたはずだが、生活を破綻させることなく何とかやりくりできていた。その理由は、前払いに対応する便利なシステムがなかったからではなく、賃金の絶対水準が高かったからである。

日本の労働者の平均年収は20年前には420万円もあったが、現在は360万円にまで下落している。ここ数年は横ばいが続いているが、物価が上昇しているので実質的な賃金はやはり下がっている。前払いを多用する社員の中には過剰消費体質の人もいるだろうが、本当に生活が苦しいので、やむを得ず利用しているというケースも多いはずだ。

日本の場合、多くの労働者が一律で月給制となっているが、これはむしろ特殊なケースといってよい。戦前の日本ではホワイトカラーは月給制で、ブルーカラーは日給制というのが標準的だったし、米国では、管理職と一般労働者で支払い体系が異なっている。管理職以上は月2回、一般労働者は毎週というパターンが多い。

日本は太平洋戦争による国家総動員体制の下、月給制が提唱され、多くの企業がこの制度に移行した。これが戦後も継続したのが現在の支払い体系である。月給制も年功序列や一斉昇給などと同様、戦争が生み出した副産物といってよいかもしれない(いわゆる1940年体制)。

日本でも週払いの賃貸住宅が増えてくる?

最大の問題は、月払いを基本としたシステムが今の経済状況に合わなくなっていることである。月に1回しか給与を支払わないという制度は、一カ月間、余裕を持って生活できるだけの賃金水準が確保されていなければ成立しない。

日本企業は終身雇用制度を維持するため、産業構造の変革よりも人件費の圧縮を優先してきた。だが、一部の労働者は月給制では生活できない状況にまで追い込まれている可能性がある。特に非正規社員は正社員と比較して給与水準が圧倒的に低く、一部の労働者は資金繰りが厳しくなっているはずだ。

つまり、給与の前払いシステムが拡大しているということは、日本の労働市場における階層構造化が顕著になっていることの裏返しでもある。安易な消費に走っているといった社会風潮の話としては捉えない方がよいだろう。

今後は労働者の階層化がさらに進みそうな状況となっている。政府は一部のホワイトカラー社員について、労働時間に関わらず賃金を一定にする「ホワイトカラーエグゼンプション」制度の導入を検討している(2017年秋の臨時国会が冒頭で解散されたので、今通常国会で提出される見込み)。今のところ1075万円以上の高度プロフェッショナル人材が対象とされているが、いずれこの金額が下がってくると指摘する専門家は多い。

最終的には、高額の年俸を取る一部の高付加価値社員と、そうでない社員の二極分化が進むことになるだろう。労働者の階層化がさらに顕著になるのだとすると、賃貸住宅の家賃体系も変わるかもしれない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

週末以降も政府閉鎖続けば大統領は措置講じる可能性=

ワールド

ロシアとハンガリー、米ロ首脳会談で協議 プーチン氏

ビジネス

HSBC、金価格予想を上方修正 26年に5000ド

ビジネス

英中銀ピル氏、利下げは緩やかなペースで 物価圧力を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story