コラム

トヨタが抱える憂鬱と希望 淘汰の時代に立ち向かう術とは

2017年08月15日(火)12時00分

EVシフトをめぐってトヨタは全方位戦略を余儀なくされている

トヨタが置かれたこうした特殊な立ち位置は、次世代のエコカー戦略にも表れている。同社はスケジュールを前倒しし、2019年にも中国でEVの量産を開始する方針を固めた。トヨタはもともとEVについて積極的ではなく、日本の国策ということもあって燃料電池車(FCV)を次世代の主力技術と位置づけてきた。しかし全世界的にEVシフトが進んでおり、FCVだけに注力することが難しくなってきた。

フランスと英国が相次いで2040年までにガソリン車の販売禁止する方針を掲げるなど、全世界的にエコカー・シフトが進んでいる。ほぼ同じタイミングでスウェーデンのボルボ・カーが、2019年以降に発売するすべてのモデルについてEVもしくはハイブリッド(HV)にするという計画を明らかにしたほか、独BMWも全モデルにEVなどの電動化製品を用意する方針を打ち出した。

この動きは事実上のEVシフトであって、FCVへのシフトではない。中国政府も、環境負荷の軽い自動車の生産を一定数、義務付ける方針を明らかにしているが、具体的な車種として想定されているのはやはりEVだ。トヨタはEVの分野では出遅れており、このままでは世界市場での苦戦が予想されることから、従来の方針を大きく転換。EV量産化の前倒しを決定した。

だがトヨタの場合、FCVを次世代の主力技術とする基本方針をそう簡単に変えるわけにはいかない。水素社会は日本の国策となっており、トヨタだけの問題ではなくなっているからだ。結果的にトヨタはあらゆるシナリオを前提にした全方位戦略を採用せざるを得なくなっており、ますます重たい会社となりつつある。

すべては豊田章男社長の肩にかかっている

一方、トヨタを追う日産は身軽だ。日産はルノーのグローバル戦略のもと、EVシフトを急速に進めている。三菱自動車に資本参加した理由のひとつも、同社が持つ電気自動車の技術を獲得するためである。日産は三菱に資本参加する一方で、傘下の有力部品メーカーであるカルソニックカンセイをあっさりとファンドに売却してしまった。

もし自動車産業がFCVではなくEVに完全シフトした場合には、技術的難易度が下がり、クルマがコモディティ化する可能性が高まってくる。欧州勢や米国勢は、完全自動運転への対応を旧ピッチで進めているが、EVと自動運転がセットになると、自動車産業はもはや製造業ではなくサービス産業に近い存在となってしまうだろう。

そうなると、これまで完成車メーカーと部品メーカーが構築してきたバリューチェーンは一気に崩壊することになる。日産がこのタイミングで部品メーカーの売却を決定したのは、EVシフトを戦略的に選択したからに他ならない。

【参考記事】戦慄の経済小説『トヨトミの野望』が暗示する自動車メーカーの近未来
【参考記事】インド、2030年までにガソリン車の販売を禁止し、電気自動車を推進

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB理事会後のラガルド総裁発言要旨

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ビジネス

米新規失業保険申請件数、1.3万件減の22万400

ビジネス

米11月CPI、前年比2.7%上昇 セールで伸び鈍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 7
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 10
    欧米諸国とは全く様相が異なる、日本・韓国の男女別…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story