コラム

東芝が事実上の解体へ、なぜこうなったのか?

2017年01月24日(火)16時29分

 東芝はもともと米GE(ゼネラル・エレクトリック)社から技術提供を受けて原発事業を進めてきた企業だが、本家本元であるGEのイメルト会長兼CEOは2012年7月、「原子力事業はコストが高すぎ、もはや事業として正当化されない」と発言。事実上、原子力事業からの撤退を宣言している。

【参考記事】 GEがボストンに本社を移し、日本企業は標準化の敗者となる

 この発言の直接のきっかけになったのは福島原発事故なのだが、それより前から原子力事業のリスクの大きさは各社の中でも意識されるようになっていた。かつては原子力事業におけるGEのライバルであった名門企業WHが身売りされたのも、こうした事情が大きく関係している。

 この時点で東芝が米国の潮流が変わったことを受け入れ、WHの事業についてもリストラを実施していれば、今回のような事態には至らなかっただろう。東芝経営陣が米国の状況を理解できていなかったはずはないのだが、なぜか経営陣はその決断を下すことができなかった。

 さらに遡れば、東芝によるWH買収そのものが、かなり無理のある案件だった。先にも述べたように東芝はGEとの関係が深く、東芝が製造する原子炉の形式はGEと同じBWR(沸騰水型)である。しかしWHが主に製造していたのはPWR(加圧水型)で、炉の形式が異なっている。

 WHは日本において三菱重工に技術供与を行っており、三菱の炉の形式はPWRである。したがって、WHの買収によってシナジー効果を得やすいのは東芝ではなく三菱の方であった。

消去法的に原子力を主力事業に据えたのではないか

 実際、WHの買収には三菱重工も名乗りを上げていたが、東芝が提示した価格があまりにも高く買収を断念したという経緯がある。ただ、この話は売却サイドから見た場合、日本メーカーに競わせ、値段をつり上げるための作戦だったようにも思える。

 東芝はもともと原子力事業にはそれほど積極的ではなかった。他部門の業績が悪化したところに、このような大型案件が転がり込み、消去法的に原子力事業を主力事業に据えた印象が拭えない。

 もちろん買収案件をきっかけにビジネスモデルを転換するというケースはあるだろう。だが、WHはかつての輝きを失ったとはいえ、原子力技術を確立した名門企業である。こうした企業が売却を打診してくる時には、より慎重に対応する必要がある。グローバルに通用するプロ経営者や投資ファンドの力を駆使しても、事業の立て直しが困難な状況に陥っており、他に買い手が付かない案件である可能性が高いからだ。

 当時、同様の指摘は一部から出ていたが、メディアでは「原子力ルネサンス」「世界を震撼させた」「選択と集中」など、めまいがしそうな記事のオンパレードとなっており、懸念を表明する声は完全にかき消された状態であった。結果的に東芝は、GEですら撤退した米国の原子力事業に邁進し、原発事故によって米国内の潮流が変わった後も、方針を見直すことができなかった。

【参考記事】フロリダ原発の周辺住民が怯える「フクシマ」の悪夢

 危険で派手な行動を取ることと戦略的に行動することは根本的に異なる概念だが、日本では時として両者が混同される。戦略というものが存在していれば、途中で判断ミスに気付き、軌道修正ができたはずである。だが、戦略不在ではこれもままならない。残念ながら東芝の経営には戦略と呼べるようなものはなかったと言わざるを得ないだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は小幅続落、ファーストリテが320円押し下

ビジネス

英GDP、5月は前月比-0.1% 予想外に2カ月連

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上

ビジネス

良品計画、8月31日の株主に1対2の株式分割
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 10
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story