コラム

崩壊30年でソ連に回帰するロシア

2021年12月14日(火)16時08分

ゴルバチョフ大統領の辞任会見を見る市民(1991年12月、モスクワ)AP/AFLO

<「お上」への依存意識が染み就いた国民は負担を押し付ける「改革」には反対する。だからロシアが「西側の一員」になることはない>

ソ連が崩壊して30年。自由だ、市場経済化だと大騒ぎの末に元の木阿弥(もくあ)み、そして徒労感―― 。これが、ロシア人識者がいま感じていることだろう。

ソ連崩壊に先立つ1991年8月の保守派クーデターの失敗直後、国営テレビのアンカーマンは、「ではお元気に」という決まり文句ではなく、「では『自由』になってください」という言葉でニュースを締めた。多くのロシア人は、共産党体制を壊せば西側並みの自由で繁栄した世界が明日にもやって来ると思っていた。その結果何が起きたか? 

92年1月2日、新しい「ロシア連邦」政府は全ての補助金の撤廃と、国定価格の廃止・自由化を宣言した。値上がりを期して倉庫に退蔵されてきた商品は徐々に店に出たが、パンの価格などは文字どおり「毎日2倍」というハイパー・インフレで、その水準は2年間で6000%。

自由を求めていたインテリは貯金を失った。街では有象無象のマフィアが縄張り争いで好き放題に撃ち合いを繰り広げ、強盗は白昼堂々と市民のアパートに押し入る。空港では青年たちが「こんな国にいるのが恥ずかしい」と言い外国に飛び立っていく。多くの国民は「改革」「自由」「民主主義」「市場経済」の4点セットへの不信と憎悪を体に刷り込んだ。

以降の30年をくくると、次のようになる。2000年までの最初の約10年は生活の崩壊、混乱、そして屈辱、国債の大量発行による偽りの回復とデフォルト。ここでプーチン大統領が登場し、折よく起きた世界原油価格の高騰に助けられてのタナボタ成長、この間のロシアのGDPは4・5倍(名目ドルベース)にもなる。

そして次の約10年は、08年のリーマン危機、14年のクリミア併合に対する西側の制裁と原油価格の暴落を受けGDPは28%ほど縮小した。24年には大統領選挙がある。プーチン個人が残るかどうかは別にして、「プーチン体制」は続くだろう。

国というのは惰性で動く。プーチンを押し立てて利権と権限をもらって生きている寡占資本家や公安関係者はもちろんのこと、一般市民も現体制で暮らしを立てているので政権を倒そうとは思わない(国営企業の多いロシアでは大多数の人が直接・間接を問わず国に雇われている)。

西側は「ロシアには自由がない」と言うが、プーチンや正教会の悪口を言わなければ何を言ってもいい。だからプーチンがいなくなっても今の構造はそのまま残る。そこを変えようとする者は、なりふり構わぬ弾圧に遭うが、一般国民は彼らを味方と思っていないから黙っている......。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBの次回利下げ、9月より後になる公算=リトアニ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story