コラム

「こわもて」プーチンに下手に出ても日本はナメられるだけ

2019年10月23日(水)17時45分

屈辱と危機意識がプーチンを動かしている SPUTNIK PHOTO AGENCY-REUTERS

<西側の「差別」に見切りをつけたプーチン、ただその脆弱な経済は大国意識を支えられない>

2年ぶりにロシアを訪れた。ソ連崩壊後の混乱と自信喪失は完全に過去のもの。今のロシアは「主権を持った大国」と自らを思い込み、水平飛行を続けている。プーチン大統領は以前こう言った。「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だ。しかしロシアは欧州文明に属する。自由で公正な社会をつくろう」。だが今の彼はいつまでも自分を差別する欧州に見切りをつけ、バラバラになったソ連の破片を再び集める方向に転じたようだ。

ロシアはまずNATOとの最前線に位置するベラルーシに圧力をかけている。空軍基地の設置は断られたが、20年前に結んだままの「連合国家創設条約」を具体化して、2022年までにロシア・ベラルーシ経済国家連合をつくろうとしている。これは税制、エネルギー政策での統一を目指すものだ。

ウクライナの南方モルドバでは、これまでの数年間ウラジーミル・プラホトニュクというマフィア的実業家が国内の利権と政権を握り、親EUを標榜して外部勢力を締め出してきた。しかし6月に米ロとEUが手を握ってプラホトニュクを追い落とし、彼は外国に逃亡した。

ところがアメリカとEUはその後の手間とカネを惜しむ。ロシアはそこに付け込んでモルドバとの軍事協力を進め、空港や海への出口を買収する構えを見せる。ウクライナではゼレンスキー新大統領が東部情勢収拾のためロシア側と兵力引き離しによる停戦で合意したが、反対勢力の批判などで膠着状態に陥った。ゼレンスキーはロシアへの「全面降伏」を迫られようとしている。

ロシアは第二次大戦直後のソ連のように、西欧との間に緩衝地帯をつくる企てに着手したのだ。だが「西側」は何もしない。トランプ米大統領にとって、政府がやってきたこと、やっていることは人ごと。自分の再選のためには何でもたたき売って恥じることがない。EUは国内で手いっぱい。これまでの「西側」はメルトダウンしたのだ。

プーチンは2000年の大統領就任直後は西側の仲間入りをしたがった。しかし西側は遅れたロシアを軽蔑するばかりか、旧ソ連のバルト諸国にまでNATOを拡張した。この屈辱と安全保障上の危機意識が、今のプーチンを動かしている。その意味で、今のロシアは冷戦時代のソ連よりも予測不可能で核兵器の引き金を引きやすい――ロシアの軍事専門家アレクサンドル・ゴルツは近著の中でそう言っている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 5

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story