コラム

アメリカの肉食系企業が株主第一主義を悔い改める訳

2019年09月12日(木)17時00分

米企業は牙を抜かれた百獣の王……とは限らない DALE JOHNSON/GETTY IMAGES

<米国版経団連の社長たちが突然「改心」したのは、2020年大統領選で批判の的にされるのを防ぐため>

ディズニーの映画『ライオン・キング』では、ライオンの王子が亡命生活で肉食をやめて芋虫を主食にするようになる。同じようなことがアメリカの「肉食系」大企業に起きた。

8月中旬、日本の経団連に相当する大企業の組織「ビジネス・ラウンドテーブル」に所属する181社のCEOが連名で、これまでの株主第一主義を改め「全てのアメリカ人の利益」を追求し、顧客・消費者を大事にし、社員の給与を改善し、サプライヤーにも優しく接する――と声明したのだ。

本気ならアメリカにとって、そして世界にとってこれほど喜ばしいことはない。と言うのは、アメリカの企業が株主利益を第一に考えるようになって以来、アメリカの経済と社会は自滅に向かっているからだ。

株価をつり上げることや、目先の利益(配当)を上げることばかりに目が行くから、すぐには利益をもたらさない長期的観点の投資は避ける。業績が悪くなれば、安易なリストラで増益を演出する。社員の給与も抑えられるので消費は盛り上がらず、企業には投資の機会もない。企業は利益を自社株買いにつぎ込んでいたずらに株価をつり上げ、株主に奉仕するだけ――。

こうして富は偏在し、所得水準で上から10%の者たちがGDPの47%を手にしている。2011年にはウォール街で占拠運動が続き、金融企業の利益至上主義やトップの給料の不当な高さをやり玉に挙げたが企業はどこ吹く風。ジャンク債への投資を膨らませるなどマネーゲームを続けたのだ。それが今、どうして悔い改めるのか。

動物を襲わないライオン

ベビーブーム世代が引退するなか、アメリカ社会の主流を占めつつある35歳以下のミレニアル世代は、稼ぐのはほどほどに社会に貢献したいという意識が強い。それも反映して、近年ではCSR(企業の社会的責任)という言葉がもてはやされている。同時に若い世代は高過ぎる大学の学費と奨学金の返済負担に苦しみ、不満を強めている。

そのような声を拾って2016年の民主党の大統領選予備選で支持を集めたのがバーニー・サンダース上院議員だった。今回の大統領選では、先頭集団にいるエリザベス・ウォーレン上院議員がサンダースと共に企業批判の先頭に立ち、ヒスパニックやイスラムなどマイノリティーを代表する新人女性下院議員4人のグループ「スクワッド」も、公正な分配への声を高める。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ」が物議...SNSで賛否続出
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    高市首相の「台湾有事」発言、経済への本当の影響度.…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story