コラム

東欧革命から30年──「自由かパンか」で歴史は動く

2019年05月31日(金)16時20分

倒されたレーニン像(91年、リトアニア) GEORGES DEKEERLEーSYGMA/GETTY IMAGES

<89年以来の民主化はロシアや東欧で風前の灯火――日本や中国にも影響を与える「分配」の呪縛は解けるのか>

89年、東欧の自由化への動きがポーランドでのろしを上げた。5月2日にハンガリーがオーストリアとの国境の鉄条網の撤去に着手し、8月にはその国境から東ドイツ市民が大挙してオーストリア経由で西ドイツへ脱出。11月9日夜にはベルリンの壁が崩壊して頂点に達した。

東欧市民は自由もろくな商品もないソ連型社会主義に別れを告げ、自由と繁栄を謳歌する西欧文明へ回帰。2年後にはソ連自身もその行列に加わった。

あの熱狂から30年。ロシアも東欧も、インテリは自由と民主主義、大衆はより良い生活を求めたが、ほとんどは失敗か模索の途上にある。衣食足りて礼節を知る。経済が良くならないと自由や民主主義を語る余裕は生まれないが、外資はロシアと東欧を素通りし中国に向かう。国内資本だけでは技術開発競争に伍することはできず、社会主義時代の経営ノウハウや勤労意欲のままでは成長は起きない。

だが30年前は自由と繁栄の花園だった西欧諸国も、アメリカの技術革新と中国などアジアの低賃金労働に負けると、好況期に呼び寄せた中東・アフリカ、東欧からの出稼ぎ労働者を敵視。反移民・反EUのポピュリズムに流れ始めた。自由よりもパンを求め、ナチスを思わせる国家社会主義の極右政党に喝采を送る西欧市民は増える一方だ。

所得格差より精神面格差

今のロシアはその国家社会主義の中枢となり、欧州諸国の極右政党を支援する。東欧自由化の端緒を開いたハンガリーでも、現在のオルバン政権は国内を統治するため権威主義を必要とし、反EUでロシアのプーチン政権に擦り寄る政策を取っている。

この歴史のむなしい堂々巡りの根底には「分配」問題がある。大衆に経済の配当をどのくらい与えるべきか。19世紀西欧では産業革命で国民の生活水準が上がり、文明は新段階に入った。

欧米と日本の国民は選挙権を得て、政治家や政府との主従関係を逆転させた。政治家にとって今や一般国民の機嫌を取ることが最重要課題となっている。

エリートには自由、大衆にはパンを――これを議会制民主主義の下で何とかやっていこう、というのが、この100年の文明モデルだと言っていい。

その中で自由と市場経済に過度に傾くと、社会は非人間的となり格差が増大する。分配に過度に傾くと、人民の名において金持ちやインテリの権利を抑え付ける専制になりやすい。専制は腐敗と頑迷を助長して社会を窒息、経済を停滞させる。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story