コラム

シリア内戦の最終局面 停戦のカギを握るのは「トルコ」だ

2018年10月14日(日)11時05分

シリア反体制地域に拠点を置くニュースサイト「アイナブ・バラディ」によると、「解放機構の中に、強硬派と穏健派の分裂がある」という。「外国から来た幹部は主戦論だが、シリア出身の幹部は国際的な孤立を恐れている」としている。

同サイトによると、強硬派に属する解放機構の指導部の1人、エジプト人アブ・ヤクザンがインターネット上で声明を出し、「非武装地帯をつくることは政権に対するジハード(聖戦)の終わりを意味する。(政権軍と接する)地域には若者たちの働きでいくつもの軍事拠点ができているのに、それを放棄することはできない」と語ったという。

解放機構はシリア内戦が始まった頃、ヌスラ戦線と呼称し、アルカイダの指導部からシリア支部と認定され、国連安保理からテロ組織に指定されていた。2016年7月に「シリア征服戦線」と改名し、アルカイダからの離脱を宣言。その後、「シリア解放機構」に改名した。アルカイダからの離脱に反対する組織や幹部が分裂して、フッラース・ディーンに参加している。

アサド政権軍が軍事的な攻勢をかけようとしている状況で、イスラム過激派が非武装地帯の設置に反対するのは、地上部隊同士の接近戦となれば自爆攻撃を多用するイスラム過激派の方が政権軍よりも軍事的優位に立つためだ。

政権軍の総攻撃というのは単純に地上軍による掃討作戦を意味するのではない。政権軍はこれまで何カ月も包囲攻撃と激しい空爆を行って反体制地域を廃墟にしたうえで、最後の仕上げに地上軍を入れる手法をとってきた。イドリブに対する総攻撃も、同様になるだろう。

政権軍支配地域を望む前線から重火器を撤去する非武装地帯の設置は、解放機構など反体制勢力にとっては政権軍への攻撃の手を奪われることになる。一方で、空軍力を持つ政権軍はこれまでどおり空爆は可能であり、停戦が崩れて、戦闘が再開されれば、反体制勢力は一方的に攻撃されることになる。

ただし、イスラム過激派でも非武装地帯の設置を認めれば、国民戦線のようにトルコの後ろ盾を得て、アサド政権やロシアと対抗する道が残される。しかし、アルカイダ系のイスラム過激派勢力は、これまでイドリブで戦闘の主軸を担ってきただけに、トルコの影響下に入ることへの拒否感が強い。

合意を拒否したフッラース・ディーンの声明では「我々がジハード(聖戦)を担ってきたのは、専制者を追放して、別の専制者を迎えるためではない。いま、シリアのジハードは悪の軍隊と不信仰者の軍隊が協力して、ジハードを排除し、地域を分割して、それぞれの支配のもとに置こうとしている」と記している。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イラン攻撃を警告・ハマスに武装解除要求

ビジネス

米国株式市場=下落、ハイテク株に売り エヌビディア

ビジネス

NY外為市場=円が対ドルで上昇、介入警戒続く 日銀

ワールド

トランプ氏「怒り」、ウ軍がプーチン氏公邸攻撃試みと
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story