コラム

エジプトのキリスト教会テロはなぜ起こったか【解説・前編】

2016年12月22日(木)15時51分

Amr Abdallah Dalsh-REUTERS

<12月11日、カイロのコプト教(キリスト教の一派)教会で爆弾テロがあり、27人が死亡、イスラム国が犯行声明を出した。6年前にもコプト教会でテロがあったが、その時とは状況が異なる。背景にあるのは、エジプト政治の激動と、イスラム教徒とキリスト教徒の関係の変化だ> (写真はコプト教会テロ犠牲者の葬列、12月12日、カイロ)

 12月11日、エジプトのカイロにあるコプト教会で爆弾テロがあり、27人が死んだ。コプト教はキリスト教の一派で、エジプトでは人口の1割を占めている。過激派組織「イスラム国」が自爆ベルトを巻いたメンバーによるものとして犯行声明を出した。

 暴力が蔓延する中東で、イスラム過激派がキリスト教徒を標的にしたテロと言っても、あまり驚きはないかもしれない。しかし、エジプトではコプト教会への爆弾テロは2011年1月1日に地中海に面したエジプト第2の都市アレクサンドリアのコプト教会で起きて以来で、6年ぶりのことである。

 この6年間、エジプトは政治的な激動を経験した。「アラブの春」を象徴するエジプト革命によって強権体制が倒れ、その後、民主的な選挙でイスラム系大統領が誕生したが、1年後には軍のクーデターで排除され、現在は軍主導政権となっている。

 この流れの中で、イスラム教徒とキリスト教徒の関係を振り返ってみよう。

2011年、「アラブの春」直前にあったコプト教会テロ

 6年前のアレクサンドリアのコプト教会のテロは、私が新聞社の中東担当編集委員として同市に拠点を置いていた時だった。12月31日深夜に始まった年頭のミサが狙われた。私は元日の朝から現場の教会で取材をした。教会の前に大勢のコプト教徒が集まり、十分なテロ対策をとらなかった警察に対する批判を口々に語った。さらにある年配の女性が「私はあなたに伝えたいことがある」と話しかけてきて、コプト教徒が政府への就職などで差別されていると訴えた。

 当時、コプト教徒はムバラク政権の支持勢力とみなされ、公然と政府批判を口にすることはなかったため、この時の政権批判は意外に思えた。テロの後、カイロではコプト教徒が内務省のビルの前で政府批判のデモをするなど大きな問題になった。一方、イスラム教徒がコプト教徒と「反テロ」で連帯する動きも出て、キリスト教の十字架と、イスラム教を表す三日月を組み合わせたマークが生まれた。

 テロの後、コプト教徒から警察への批判が噴き出したという意味では、同じ2011年1月の25日に始まる「エジプト革命」の前触れともいえる出来事だった。エジプト革命は、最初は体制変革を求める政治的な運動ではなく、警察の横暴に対する若者たちのデモとして始まった。

 エジプト革命での若者たちの動員に重要な役割を果たしたフェイスブックサイト「クッリナ・ハーリド・サイード(我々はみな、ハーリド・サイードだ)」は、前年に警官に暴行を受けて死んだハーリド・サイードという名の若者の名前であり、警官の横暴に抗議する若者たちが集まるサイトだった。

 エジプト革命ではデモが始まった1月25日の3日後の28日が最初の金曜日で、金曜礼拝の後に全国で一斉に「政府批判」のデモが始まった。それに対し、警官隊は散弾銃や実弾で制圧しようとして、デモ隊に800人近い死者が出た。若者たちは全土で100カ所以上の警察署を焼き討ちし、革命後1年ほどの間、警察は表に出ることができなかった。

【参考記事】強権の崩壊は大卒失業者の反乱で始まった【アラブの春5周年(上)】

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story