コラム

韓国「巨大与党」誕生の意味

2020年04月20日(月)10時40分

そして、この様な新型コロナウイルスの蔓延に対する国民の支持は4月初めに入ると、新たな二つの要素を得て更に高まる事となった。一つは言うまでもなく、大量検査とこれを利用した早期のクラスター発見の結果として、一時期は危機的な状況にあった、この国における新型コロナウイルスを巡る状況が急速に改善した事である。とりわけ、大邱・慶尚北道を中心とした感染が、人口の過半を占めるソウル首都圏に伝播しなかった事は、韓国全体、そして何よりも当のソウル首都圏在住の人々に大きな安ど感を与える事となった。4月第2週には、「自らに感染の危険性があると感じる」韓国人の数は50%を下回る事になっている。この数字はとりわけソウル首都圏で大きく低下し、与党がこの地域で圧倒的な勝利を収めた結果へと直結した。

加えてもう一つ見逃されてはならないのは、4月に入るとこの様な韓国の新型コロナウイルス対策の「成功」が、国際社会からの大きな評価を得るようになった事である。文在寅政権や与党はこの様な国際社会における高評価を積極的に宣伝し、結果、韓国の人々のナショナリズムは大きく刺激される事となった。アメリカやヨーロッパ諸国、更には日本といった、「古い先進国」が依然として新型コロナウイルスの蔓延に苦しむ中、韓国はこれを独自の、そして積極的な施策によって克服しつつある。「今こそ世界は韓国に注目しつつあるのだ」。そう叫ぶ、政府・与党の声は韓国国民に大きな支持を以て迎えられた。高揚するナショナリズムは、「危機の中において国民は政府の下に団結すべきだ」という主張と一体となり、文在寅政権と与党への支持率を大きく底上げした。結果、コロナウイルスが猛威を振るった3月第1週から選挙が行われた4月第3週の間に、文在寅の支持率は15%も上昇するに至っている。

文在寅チルドレンも多数当選

結果として、文在寅政権は歴代大統領の誰も成し遂げられなかった、自らの任期途中、しかもその後半における国会議員選挙における「歴史的勝利」を実現する事になった。そしてこの事は、文在寅政権が1987年の民主化以降の如何なる政権とも異なる状況へと立ち至りつつあることを意味している。既に述べた様に、民主化以降の韓国歴代大統領は、これまで例外なく、任期後半になると大きく支持率を低下させ、さらにはこれに嫌気をさす与党が大統領に叛旗を翻す事で、自らの望む政策が実行できなくなる「レイムダック」現象に直面する事となって来た。

しかしながら、自らの任期3年目という時期に行われた大統領選挙で歴史的大勝を収めた結果、文在寅は自らの政権発足当初より、寧ろ遥かに強い政治基盤を獲得することに成功した。そしてその事は単に与党が国会において圧倒的な多数を得た、というだけではない。今回の選挙では、これまで大統領官邸のスタッフであった人々をはじめとする「文在寅チルドレン」とでも呼べる人々もまた多数当選を果たす事となっている。当然の事ながらこの結果は、国会のみならず、与党内部においても文在寅の個人的影響が大きくなる事を意味している。ちょうど盧武鉉が自身の弾劾の危機に直面した時に行われた2004年の国会議員選挙で、新党「開かれたウリ党」を結党して大勝し、その遺産が今日の文在寅にまで繋がる「親盧派」の基礎を生み出したように、与党内部に生まれた巨大な「親文派」の存在は、文在寅の大統領任期が切れた後にも、大きな存在感を発揮する事になるだろう。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪就業者数、8月は5400人減に反転 失業率4.2

ビジネス

イーライリリー経口肥満症薬、ノボ競合薬との比較試験

ワールド

トランプ氏、反ファシスト運動「アンティファ」をテロ

ビジネス

機械受注7月は4.6%減、2カ月ぶりマイナス 基調
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story