コラム

韓国は、日本の対韓感情が大きく悪化したことをわかっていない

2019年10月16日(水)18時00分

明らかなのはその場に集った人々が、こと日本に関しては、全ての問題の原因は日本側、とりわけ安倍政権にある、という話を「聞きたがっている」という事だった。冒頭に引用した発言は、筆者が参加したセッションにおいてとある聴衆が述べた台詞であり、ここに今の韓国における日本に対する言説の重要な部分が集約されている。ここで筆者が述べたいのは、今日の日韓関係悪化の原因が、果たして日本側にあるのか或いは韓国側にあるのか、という問題ではない。問題は、今日の韓国において、日本という外国の政権に対する打倒運動が、恰も当然の様に展開されており、またそれが「市民の力を集め」れば実現できる、という議論が、現在の与党に連なる「長老」政治家によって公然と行われても、疑問にすら感じられていない、という事である。そしてその理解が彼らの中で繰り返し確認され、恰も当然の現実であるかのような議論がなされている、事である。

それは言葉を換えていうなら次の様になる。例えば、韓国の人々の中で、自国の政権に不満を持つ人々が、その政策に異を唱え、政権の打倒に向けて運動を行うのは、彼らの主権者としての当然の権利であり、当たり前の事だといえる。また、互いに関係が存在する限り、時に他国やその政権に対して不満を持つ事があることも理解できる。しかしながら、自らの「国内の」運動により「他国の」政権が打倒できるか、といえばもちろんそれは全く別の話だ。にも拘らず、その誰でもわかるはずの話が、今の韓国では、有力な政治家達によって安易になされる状況があり、一部の人々はこの安易な幻想を信じているかのようにみえる状況が存在する。

元凶は結論ありきの証拠集め

それでは一体、韓国ではどうして、誰にでもわかるような「安易すぎる言説」がかくも広く流布されてしまっているのだろうか。その原因は幾つか挙げる事ができる。一つはそもそも今の韓国の人々が、この10年余りの間に我が国における韓国に対する感情が如何に大きく悪化したのかを理解していない事だ。即ち、彼らの多くは経済産業省による輸出管理規制以降の状況を、単純に「極右」安倍政権の施策によるものと考えており、だから安倍政権さえ存在しなければ問題は容易に解決する、と信じている。

しかしながら、より重要なのは今日の日韓両国の間に存在する、ミクロな情報の氾濫だろう。インターネットが普及し、互いの国に対する細かい情報が容易に入手できる様になった今日では、我々はその気になれば、自らが予め有している理解に沿った情報の断片を搔き集めて、恰も自分たちが正しいことを示す証拠であるかのように並べ立てる事ができる。例えば、日本国内には歴史認識問題等で、韓国の世論や政府に近い認識を持った人々が存在することは事実であり、彼らがどの様な活動をしているかの情報を集める事は容易にできる。だから、彼らはそういう人々がいる事に安心し、彼らの存在を理由に自らの安易な──しかし現実味のほとんどない──言説に安住することができる。そして彼らは思う。仮にそういう人たちに大きな影響力があり、彼らと団結して安倍政権が倒れ、日韓関係にまつわる問題が解決するならこれほど楽な事はない。だからこそ彼らはその言説を信じたいし、また信じようとして自分たちに好都合なミクロな情報をさらに搔き集める。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ・S&P最高値更新、オラクル株急

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、FRBと他中銀の温度差に注

ワールド

トランプ氏「一段の利下げ望む」、前日のFRB決定歓

ワールド

再送-〔マクロスコープ〕政府の成長戦略会議、分科会
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 7
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story