コラム

若者ばかり損するイギリスの学資ローン地獄

2022年05月25日(水)11時15分

そこで国家の負担から「受益者」の負担へと移ったわけだが、それ自体は筋が通っている......大量に誕生する新世代の大卒者にどの程度の受益があるのかは不明、という点を除いては。ブレア政権下で高報酬の職は大卒者の増加に見合うほどには増えず、多くの大卒者が高卒で就けたような職に就いた(3年遅れで、5万ポンドの借金を背負って)。

もちろん、悪い面ばかりではない。教育の拡大は多くの貧しい家庭出身の人々の可能性を広げる。大学教育の価値を、粗野な金勘定だけで計るべきでもない。深い興味を抱く分野を学び、広い関心を持った思慮に富む人物になるのなら、人生の価値ある経験になったといえる。若者たちは「キャンパスライフ」を味わいたい、と口々に言うようだが、それが「パーティー三昧の3年間」を意味するのでないことを祈るばかりだ。

その貴重な大学経験のために高い代償を払うのは学生だけではない。僕たちの社会も払うのだと思う。格差が深刻化すると、社会契約は成り立たなくなる。イギリスにはどの時代だって「富める者と貧しい者」がいたが、僕たちはそれを福祉や累進税、公平性を図る政策で改善してきた。だが「年配者と若年者」の格差には無関心すぎたようだ。

無償で大学教育を受けて20代や30代で家を買うことができ、資産を築いた世代は、当然ながら、重い借金を背負い今後も家を買える見込みすらない世代から怒りを向けられている。僕自身は経済的な不安を抱えているものの、彼ら締め出された若者世代に比べればまだ幸運だと感じてしまう。

この学資ローン制度を擁護する人々は、これを事実上の「大卒税」だと言う。この制度では卒業後、年収が2万1000ポンド(約335万円)に達した時点から、その額を超える所得の9%が徴収される(これもまた数年前に改正された「マイナーチェンジ」によって、返済が猶予される年収額の上限が2万7000ポンドから引き下げられた)。

だから程よい稼ぎの職に就けていない人はローン返済の必要がないし、反対に大学教育のおかげで高給の仕事に就けた人はかなり簡単かつ早期にローンを完済する。とはいえ、その中間に位置して長期にわたり高い金利で返済を続ける大卒者が大多数だということを、政府もよく把握している──学資ローンを多額の出費ばかりの赤字制度にするわけにもいかないのだから。

ニューズウィーク日本版 トランプの帝国
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月10号(2月3日発売)は「トランプの帝国」特集。南北アメリカの完全支配を狙う新戦略は中国の覇権を許し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政権が停止の風力発電事業5件全て再開へ、地裁が最

ビジネス

英中銀、消費者決済巡り意見募集へ クレカ代替手段模

ワールド

UAE大統領が訪日延期、現地情勢の推移踏まえ=官房

ビジネス

日銀、1月31日までに保有ETFの売却を開始 53
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 2
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 3
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 4
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 5
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」…
  • 6
    エプスタイン文書追加公開...ラトニック商務長官、ケ…
  • 7
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタ…
  • 10
    共和党の牙城が崩れた? テキサス州で民主党が数十…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story